2012年に待望の復活を遂げた、ヤマハのジェットボートシリーズ。 以前の2ストロークエンジンを搭載した過激なパフォーマンスは影を潜め、 すっかり大人の雰囲気に仕上がった。 当然、価格も倍増である。
アメリカで製造され、一部が日本向けに輸入される。 SX210の価格は日本では600万円もするのに対して、アメリカでは4万ドルである。 1ドル100円だとすると、5割増しの価格設定だ。 輸入コストを差し引いても高すぎる。 この価格差は、為替変動のリスクを吸収する目的よりも、 そもそも日本では販売台数が少なく、 代理店を食わせていくには、このくらい値上げしないと商売にならないからだと思う。
だが、価格が高いから若者が購入できないわけで、 その結果、販売数を落として価格を上げる。その悪循環に陥るのだ。 この状況に納得ができないなら、個人輸入という手もある。 円高の時は非常に有効な方法だ。
だがしかし、日本では売れていない、という割には絶大な人気があり、 高すぎる価格設定から、その需要は中古艇市場に向かう。 だから、中古艇として適価で販売されると、数日も経たずに売約済みとなる。 圧倒的に玉数が少ないのだ。私も、このような娯楽の道具に大金を払うほどの余裕はなく、 欲しいと思いながらも諦めていた。 そこに、事故艇の情報が飛び込んできたのだ。
見学に向かった先は岡山県の某マリーナ。 見ると、実にきれいな外装で、「何だ、どこも問題ないじゃん」 と、船底を覗くと・・・
「全速で暗礁に乗り上げた」、というその船底はFRPがめくれ上がり、 ガラス繊維は破損し、海藻が付着している。 不幸中の幸いで、この船は二重底の浮沈構造のため、事故後も沈没は免れたようだ。
エンジンルームに浸水した水は、 上部にあるエアインテークにまで達した。 事故後にエンジンを直ぐに切らなかったため、 海水を吸い込み、右舷のエンジンは始動不能となる。 常人の感覚では、いくら安価だとしてもこの状態の船を買わないだろう。 だが、「この世に直せない船などないのだ」という造船屋の言葉に押され即決購入した。
馴染みのマリーナ兼、造船所にボートを輸送し、
とりあえずエンジンを降ろしてもらう。
この広い造船ドックの奥に、降ろしたエンジンが鎮座している。
実は私の特技の一つは、エンジンの整備である。
今まで数十基のエンジンを組んできた。
今回のエンジンの修理は私が担当する。
向かって左が損傷したエンジンだ。
これ、よく見るとバイクのエンジンだね。
ヤマハが得意とする二輪のエンジンを、
船用に転用したようだ。MR-1という機種らしい。
水上バイクにも同じエンジンを積んでいるので、 そのサービスマニュアルを取り寄せた。 一通り読んでみたが、特に難しいことは無いようだ。
勢いよく分解する。バルブを直打する普通の5バルブエンジンである。 ただし、クランクプーリーは存在せず、 当然、圧縮上死点を示すマークも無い。さらにチェーンにも合わせマークは無い。 ココだけが常識外だが、慌てることはない。 1番シリンダーにダイヤルゲージを入れて、 上死点を正確に見極めればよいのだ。
ヘッドボルトを緩め、ヘッドを外す。ピストンとシリンダーが見えてきた。
汚く見えるが、オイルとカーボンが付着しているだけだ。
シリンダーに錆びや傷もなく、腰下は正常である。
今日の作業はこれまで。
ヘッドは家に持って帰って、慎重に分解する。
ヘッドを全て分解したところ。
エンジン不動の原因は、バルブステムに海水が付いたことで錆びつき、
バルブの上下動が鈍くなったことと、バルブのシート当り面も錆びており、
これらが原因で圧縮不良を起こしていた。
原因が判明したところで、メーカーに部品を発注する。 ヤマハはサポートが速いので、注文した部品は直ぐに届く。 そして、バルブシートの擦り合わせ、クリアランス測定をして、 慎重に組み立てる。
実はエンジンの組み立ては、プラモデルよりも簡単なのだ。 特別な技術や知識は一切必要ない。要るのはトルクレンチと指定の専用工具、そしてマニュアルだけだ。 マニュアルの通りに分解、組み立てをするだけ。 ただし世間には、この「マニュアルの通り」ができない人が意外に多いのだ。
誤解の無いように言うと、分解、組み立ては誰でもできるが、 損傷したエンジンの修理は別だ。 測定技術、研磨技術そして判断力が必要になる。
私がエンジンを修理している間、マリーナのスタッフが船体を修理してくれている。 「元よりも頑丈にしてくれ」、というのが今回のオーダーだ。
漁船に使うFRPを幾重にも重ね、補強していく。 船のこの部分はセンターキールといって、もっとも重要な部分だ。 無駄なくらい頑丈に仕上げてもらう。
そして塗装して完成。表面に多少のうねりがあるが、まあいいでしょう。 修理後、何度も過酷な環境で使用したが、 びくともしない。
エンジンを載せて出来上がり。 すっかり事故前の姿に戻りました。
ジェットボートはこのジェットノズルから噴射される水圧で加速する。 そして、ノズルの向きを変えることで船の向きを変えるため、 高速での鋭角なターンが可能である。
その反面、 当然のごとく、エンジンの回転が低い時は、舵はほとんど効かない。 この重量の船だと、回転数は4000回転以上は上げないと、 船の向きは直ぐには変わらないのだ。 そこで、スロットルを「ズバッ、ズバッ、」と短くふかし、ボートをコントロールする。 よって混雑した桟橋では非常に気を遣う。というよりも危険である。 ボートの初心者がいきなりジェットボートに乗ると、確実に事故ります。
そこでコレ。アメリカのボート屋から取り寄せた、社外品の舵だ。 ジェットノズルと連動して左右に動くため、エンジンが止まっていても舵が効く。 さらに、滑走状態に入ると、水圧で舵が浮き上がり、 接水抵抗がなくなるという優れものだ。 ジェットボートの初心者にはお勧めだ。 お勧めというよりも、事故りたくないなら絶対に付けるべき。 二個で600ドルです。 ちなみに、2015年モデルからは、同じような機構の舵が純正装着されている。
2017年2月5日公開