今年はカラスの保護相談が非常に多く昨年の2倍以上の件数となった。 行政により膨大な数のカラスが害鳥として捕獲され、生きたまま焼却処分されている一方、カラスを救護する人も多くいるのだ。
カラス保護にまつわる多くの相談が寄せられる中で、前回は役所の対応や法律の話をした。 今回は第二弾としてカラスの健康状態と飼育法についてお話ししたい。
[カラスの突然死]
保護したカラスが突然死することが時々ある。 大切に育てたカラスの突然の死に保護主はすっかり憔悴し何が原因だったのかと困惑するのだが、これは実はそれほど不思議な現象ではない。
保護されるカラスは迷子になってから何日も食べずに衰弱していることがほとんどだ。 このとき、成鳥なら栄養価の高いものを食べさせていれば回復するが、幼鳥の場合はそう簡単ではない。 なぜなら、鳥類のヒナは成長の速度が哺乳類よりも数倍速く、必要な食事量は想像以上に多いのである。 巣立ち後であってもまだしばらくは成長期であるため、この時期に数日間も栄養摂取を欠かすことはそれだけで致命的なのだ。 栄養補給して回復したように見えても、成長過程での栄養の寸断は体に多大な影響を及ぼすのだ。
巣立ち前に巣から落ちてきたヒナの場合はさらに注意が必要である。 体が急成長する時期ということもあるが、それよりも見落としがちな点がある。 そもそも、まだ歩けないヒナが自ら落ちてくるはずもなく、多くは親鳥によって放り出されたということだ。 巣の中で複数のヒナが育つなか、親鳥は成長の見込みのないヒナを間引くことがあるのだ。 こうして親鳥から遺棄されたヒナを保護しても、通常より死ぬ確率は高い。
幼鳥期には筋肉や羽毛をつくるタンパク質と、骨格を形成するためのカルシウム及び各種の栄養素をバランスよく摂取させる必要がある。 しかし、重要な点を見落としている事例が多い。 カラスの幼鳥は本来、非常に大食いということだ。 栄養バランスも大切だが、それよりも大切なことは食事量なのである。 どれだけ高品質なエサを与えても量が少なければ栄養不足になるのだ。
栄養価に気をつかいすぎるばかりに見落としがちな点だが、カラスが栄養失調に陥る一番の原因は実は食欲不振なのだ。 また、栄養不足を恐れて過剰にサプリなどを投与すると、肝臓や腎臓に負担をかけ体調不良を招くこともある。
[食欲不振の原因は何か?]
カラスの幼鳥はたいていの場合はすぐに馴れるものだが、中には神経質な個体もいる。 実際に飼育相談のなかで「保護したカラスの食欲がない」という相談がある。 食欲不振の原因は感染症や、腎不全などの内臓疾患が原因の場合もあるが、意外に多いのが精神的なストレスだ。 動物病院の診断では異常が無いのに食欲がない原因はたいていそれだ。 親鳥とはぐれて不安いっぱいで、エサを前にしても口を開けてくれない。 置きエサに切り替わる前にこの状態では命取りになる。 しかし強制給餌をすると余計に精神的なダメージを与えてしまうので、根気が必要である。
もう一つは、飼い主が代わったことによるストレスも見られる。 急に飼育環境が変わり元の飼い主に会えなくなってしまうと、不安から食欲不振に陥るのである。 これが幼鳥の場合は特に危険であり、この状態に陥ると数日で死に至ることもあるのだ。 強そうなイメージのカラスではあるが、その内面は意外にも繊細なのだ。
←このように、誰にでもエサをねだるメンタルの持ち主なら大丈夫。
カラスは個体差が大きく、ストレスに対する感受性も個体ごとに異なる。
[カラスとドッグフード]
最近、カラスの突然死の原因をドッグフードのせいにする人がいる。 確かにドッグフードだけでカラスを育てるのは適切ではないが、それがすぐに命取りになることはない。 当サイトでは膨大な量の飼育情報を収集しているが、そのなかにはドッグフードだけで立派に育ったカラスも多くいるのだ。 保護したカラスが突然死する主な原因は先に述べた通りであり、特に不思議なことではない。
ちなみに、私が飼育している二羽のカラスは今年で8歳と5歳になったが、彼らも幼鳥期はドッグフードを主食にして育っている。 つまり「カラスにドッグフード」という昔からの定番にはそれなりの根拠と多くの実績があるのだ。
しかしドッグフードにも様々なグレードのものが存在するので、低品質なものを避けるのは飼い主として当然のことである。 例えば、自分の愛犬に最安値のドッグフードを与えるのか? ということだ。 低品質なドッグフードを食べさせて体調不良になるのは、それ以前の問題といえる。 ゴミ漁りをするカラスのイメージから粗悪な食品でも構わない、というのは大きな間違いなのだ。
[カラスのヒナに最適なエサとは何か?]
雑食性の鳥は成鳥と幼鳥では食性が異なる場合がある。 例えばヒヨドリの子育てを観察してみると、ヒナに与えるのは昆虫や蜘蛛などが多い。 普段の彼らは果実などの植物食だが、子育て中は動物性のエサをヒナに与えているのだ。 普段、自分が口にする植物性のエサではヒナが育たないことを知っているのだろう。
[木の実を食べるヒヨドリ(左) ヒヨドリのヒナは虫を食べて育つ(右)]
それではカラスの子育てはどうだろう? カラスの子育てを観察してみると、ヒヨドリと同様に親鳥が虫などを捕まえてヒナに与えるのだが、街で子育てをするカラスの場合は虫の発生を待たずに三月下旬ころからヒナへの給餌を始めているのだ。
その時期にヒナに与えるエサは生ゴミなど人間の食べ物も含まれる。
しかし栄養不足が原因のクル病を患っていたりする事例が一定数見られることから、あまり望ましいものではないのだろう。
私は長年にわたり同じハシボソ夫婦の子育てを観察しているが、彼らも同様である。 やはり春先に虫を集めるのは困難なので、そこら中にある食べられそうなものを何でもヒナに与えている。 エサ台のドッグフードもそのままヒナに与えているのだ。 それでも彼らの育てたヒナに障がいが出たことは一度もなく、いたって健康である。
[ドッグフードを口いっぱいに収納(左) そのままヒナの元に運ぶ(右)]
栄養価の高いものを厳選しているうちにヒナが飢えてしまうので、とりあえず何でもいいから食べさせるのだろう。 これを見ると、動物性の活餌が理想ではあるものの、概ね食事量さえ足りていればカラスのヒナは育つということだ。 これはヒヨドリに比べると育雛期間が長い(成長が遅い)ということも関係しているのかもしれない。
←小屋に残ったエサを集める親鳥。
三羽のヒナを育てるのは大仕事。 食べられるものなら何でもヒナの元に運んでいく。
←ドッグフードをヒナに与える親鳥。
巣立った後もヒナの食欲は凄まじく、常に両親にエサをねだっている。
それで結局、カラスのヒナに対してベストなエサは何か? ヒヨドリのヒナに比べると雑食性の傾向があるものの、都会のカラスに一定数の障がいが発生しているのは事実である。 ならば本来のカラスの子育てを観察すると、ヒヨドリと同様に蜘蛛や昆虫などの栄養価の高い動物性のエサで子育てをしている。 それらは高タンパクでありながらカルシウム、リン、ビタミン、脂のバランスが最適なのだ。 つまり、我々もそれらを採集して与えるのが間違いない選択であるが、大食漢のヒナが満足する量の虫を集めるのは困難だ。
そこで市販のペットフードから選ぶのが無難となる。 意識の高い方はご存じだろうが、ペットフードというのは実に粗悪な原料を使っており、穀物をベースに正体不明の動物の死肉をブレンドしている。 しかし重要なのはビタミン、ミネラルなどの栄養素がバランスよく添加されていることだ。 炭水化物が多いので太りやすいが、それでもペットは健康を維持している。 中途半端な手作りのエサよりも無難と言われる理由はそのためだ。
ペットフードの選び方だが、まずドッグフードやキャットフードの品質は概ね値段と比例している。 高価なものほど肉の質がよく高タンパクなのだ。 さらに幼犬用のエサには骨格や筋肉の成長に必要な栄養素が多く含まれる。 つまり「高価な幼犬用のエサ」がベストということになるのだ。 九官鳥のエサで育てる人もいるが、九官鳥とカラスでは食性が異なるためそれだけでは栄養不足である。 しかもそれらは成鳥用のエサであるため、ドッグフードと混ぜて補助的に与えるのがよいだろう。 水分はソフトフードなら不要であるが、ドライフードの場合はぬるま湯を吸水させる必要がある。 *水の与えすぎは禁物。
そしてペットフードだけではなく様々な食材を探そう。
例えば生食用小魚、生ささみ、刺身、鶏卵などの高タンパク、高栄養価の食材を与えよう。
*過熱することで減少する栄養素があることに留意する必要がある。
[成鳥のカラスのエサ]
成鳥になったカラスのエサは、幼鳥期ほど気をつかう必要はない。 しかしカラスを飼っている皆さんの中にはペットフードばかり与えている人もいる。 こんなに雑食性の動物なのにペットフードばかりでは気の毒だ。 もっと食事にバラエティをもたせてほしい。 飛ぶこともできない、子育てもできないカラスの楽しみといえば、やはり食べることだろう。 様々なものを試して食の楽しみを深め、生活を豊かなものにしてほしい。
様々なものを食べることで栄養の偏りも防げるし、なによりカラス自身の楽しみにつながるのだ。 いくら栄養バランスが良くても、乾いたペットフードにサプリの添加ではあまりにも味気ない。 我々だって、もし宇宙食だけで生活しろと言われたら嫌だろう。
ちなみに我が家のカラスの食事は、朝はゆで卵とカラスバーグ、昼は果物と刺身、夕方は九官鳥のエサ又はドッグフードだ。 そして時には手羽元、スペアリブ、骨付きラム肉、トマトなどを与えている。
←骨付きラム肉は大好物。
肉を足でつかみクチバシで解体しながら楽しく食べる。
←ハシブトガラス独特の青紫に輝く羽毛。
楽しい食生活で健康なカラスを育てよう。
[カラスの飼育環境]
食と同様に重要なことは飼育環境だが、カラスを室内で飼っている人のなかに止まり木の設置が不適切な事例が多い。 カラスは樹上生活の鳥であるため、足の構造から樹木の枝につかまった状態が最も安定するようにできている。
こうして趾(あしゆび)で枝を掴んだ姿勢が最も安定するのだ。
つまり、カラスの飼育に止まり木は必須である。
枝をつかむには爪も重要であるため、爪を切りすぎるのはダメ。
逆に最も不適切なのは滑りやすい材質の床である。 滑りやすいフローリングはカラスにとって苦手な足場なのだ。
掃除しやすくて清潔ではあるが、滑りやすいので足に負担がかかる。
健常なカラスならまだ良いが、足が悪い場合はフローリングは避けるべき。
このように風呂の床に敷く滑り止めのマットがお勧め。
値段も安いし丸洗いできるので清潔。
寝るときのホームポジションとなる枝の配置には気をつかう必要がある。
このように周辺よりも一段高く設置し、背後が壁である方が精神的に落ち着く。
寝床にこだわるのはカラスに限らず野生動物の本能なのだ。
当サイトでは里親に対して特にその後の報告は求めていません。 しかし、保護されたカラスのその後の様子を知ることでカラスの飼育法の発展に役立ちますので、可能なら情報の提供をお願いします。 特に「病気になった」「死んでしまった」などの情報はその原因とあわせて貴重な情報となります。
また、里親になったものの飼育の継続が困難になった場合、遠慮なくご相談ください。 当サイトでは飼育の断念を問題視しておらず、再度の里親募集も引き受けます。
2020年8月16日 公開