先週のことだが、我が家に隣接する竹藪の整理をしているときに見慣れない異国の蝶を見かけた。ちょうどあの辺りをフワフワと飛んでいたのだ。なぜ異国の蝶だと分かるのかというと、蝶の採集をある程度経験した人に備わった能力といえばいいだろうか。とにかくすごい違和感を覚えたのだ。
そいつは、沖縄のオオゴマダラを小さくしたような感じで少なくとも本州に生息するものではない。海外から風に乗ってやって来た迷蝶だろう。「迷蝶」とはその名のとおり、台風などで舞い上げられて本来の生息地から遠く離れた異国へ飛ばされてくる蝶のことだ。
マダラチョウ(マダラチョウ亜科に属する蝶)といえば有名なのはこのアサギマダラだ。海を渡り遠方を旅する蝶で、本州には秋ごろに飛来する。昨日見た蝶は飛び方はコレに似ていた。姿はこれよりも白い部分が目立ち、茶色部分は無かった。
翌日、私は捕虫網をもってそいつを探索した。蝶の採集なんて少年のころ以来だが、こんなこともあろうかと捕虫網を買っておいてよかった。
こういう池の土手とか開けた場所に居そうだが・・・。
しかし、そいつは昨日と同じ暗い林の中を飛んでいた。フワフワとゆっくりと飛んでいたので簡単に捕獲できた。
近くで見ると、飛んでいたときの印象よりもずいぶん小さい。
よく見たらマダラチョウではなく一般的なタテハチョウ科の特徴がある。白い部分はうっすらと青みがかっていて、これまでに見たことが無い種類だ。
飛び方はフワフワと風に乗ったように優雅でマダラチョウそのものだったが、胴体は太くて筋肉質。これはタテハチョウ科の特徴だ。
「うーん、わからん・・・。」
あまり人を恐れないところはマダラチョウの特徴でもあるが。
外に出たそうだったので解放してやった。
詳細は写真をもとに図鑑で調べてみよう。
詳しい人はもう分かっていると思うが、この蝶は「アカボシゴマダラ」という外来種だった。
名前に「マダラ」と付いているが、マダラチョウの仲間ではない。日本における近縁種は「オオムラサキ」と「ゴマダラチョウ」がいる。
これがオオムラサキ。日本の国蝶である。ちなみにこの標本は私が12歳の時に山梨県の日野春まで行って採集したものだ。それから38年も経っているのにまだ色があせていない。
そしてこれがゴマダラチョウ。オオムラサキより一回り小型で白黒模様である。分類上は、アカボシゴマダラはこれと最も近いが、ゴマダラチョウとは飛び方が全く異なるので見間違えようがない。
これらの幼虫はエノキの葉を食べて育つ。「エノキ」と聞くと味噌汁に入れるキノコを想像する人が多いと思うが、それではなくて神社とか雑木林に普通にみられる樹木のことだ。
エノキならうちの庭にもたくさん自生している。
実は私もアカボシゴマダラの存在は知っていて、4年前に見たことがある。
これは2021年9月に愛知県足助町の道端で撮影したものだ。同種とは思えないほど異なる姿だが、このように黒の縁取りが目立ち赤の模様があるのは夏型らしい。
私が捕まえたのは春型で、資料によると春型は赤色が無く白の面積が多いということだ(参考資料1)。まったく印象が異なるので気が付かなかった。
そいつはすでに、我が家の庭にも来ていた。これは2024年7月14日のエサ台カメラの記録だ。カラスが食べ残した煮干しを吸っている。
この蝶はフワフワと風に乗って長距離移動するのだろう。この場所で繁殖しているのか不明だが、見かけたのは今回で二度目になるので爆発的に増殖しているということはない。
この蝶は30年前に初めて国内で確認されて以来、「人為的な放蝶により国内各地に拡散している」と、資料にはあるが、どう考えても国内においては自力で移動しているだろう。池のブラックバスじゃないんだから、羽があって風に吹かれるように舞いあがれば10kmくらいの移動は当たり前だ。なんでも人のせいにするなと言いたい。
外来種は既存の生態系を乱すのでは? と、心配になるかもしれないが、在来種のゴマダラチョウやオオムラサキは気性が荒く、特にオオムラサキは樹液を争う餌場でカブトムシを追い払うほどだ。それに幼虫の食草であるエノキはそこら中にいくらでも生えているので、たいした影響もないだろう。だから外来種だからといって危険視する必要はないし、もし危険だったとしても今さら根絶することは不可能だ。
しかし気の毒なことに、この蝶は2017年に特定外来生物に指定されて、飼育、販売、放蝶は厳禁となった。数年前に話題になったアメリカザリガニやミドリガメと法的には同じ扱いである(*種によって規制の内容が異なる)。
環境省においては近年、今さら思いついたようにこれらの外来種に対して厳しい規制をしはじめた。その影響を受けて、特定外来生物は見つけ次第、踏み殺せと言っている自治体もある(参考資料1)。
外来種の侵入を防ぐという考えは当然であるが、危険性を意識しながら長年それを放置していたのは日本政府である。それなのに未だに生体の輸入は完全に禁止とはなっていない。
水際で外来種の侵入を防ぐことは重要であるが、しかし、すでに侵入して定着したものは話が別だろう。昆虫や魚類のように捕捉困難な生物は定着した後に根絶することは不可能だ。人間の目が届かない山林が広がる国土において、いったいどうやって小さな虫を捕捉するというのか? 根絶が不可能にもかかわらず理想論に基づいて法規制したり駆除作業をするということは、まったく意味のないバカげた行為だ。規制するなら根絶が可能な種に限定するべきだ。そもそも、定着できる外来種というのはその環境に適しているという事であり、最初は既存の生態系に影響を与えるものの、数十年も経てば地域の生態系を支える重要な一員となる。繁殖した外来種の存在を前提とした生態系が再構築されるからだ。それはもう外来種というよりは「帰化した」といっても差し支えないだろう。その結果、在来種の数が減少したとしてもそれは現実として受け入れるしかない。理想論を振りかざし定着した外来種を駆除することは、それ自体が生態系に対して急激な変化をもたらすのだ。アメリカザリガニやウシガエルなんて移入してからすでに100年も経っていて、どうみても生態系の一員だろう。それを今さら法規制をかけて気まぐれに駆除するとか、本当に愚かだと思う。専門家のなかにもこれを理解できない人が多くいるため、最近になってこのような理想論に基づいたバカな法律が次々とできるのだ。
生態系の維持はその基盤となる豊かな森林や川があってこそだ。そもそもこの100年ほどのあいだに、人間によって急速に自然破壊や種の絶滅をさせたというのに、ザリガニとか虫が侵入して生態系を乱すって、今さらよくそんなバカなことが言えるなと思う。在来種に対して余計な心配をしている暇があるなら、その労力を豊かな自然を維持することに向けた方がよほど有意義だろう。
[関連ブログ]
[外部参考資料(参考資料1)]
愛知県公式サイト 外来種「アカボシゴマダラ」 ←外部リンク
2025年5月25日 公開