あれから二週間、ハシボソ夫婦が交代で温めた卵は孵化の日を迎えた。
昨年は卵をほったらかしで留守がちだったが、今年はまじめに温めていた。 おそらく昨年よりも気温が低いことと、巣が目立つ位置にあるためだろう。
昨年のこの時期にはヒナは巣立っていたので、 今年はそれに比べると1ヶ月以上遅れている。
私がドアを開けると、それを確認して滑空して降りてくる。
飛んで来るのは妻の方だ
私の手に朝食の卵黄があるのを、あの位置から目視しているのだ。 恐るべき視力である。
ほとんど羽ばたかずに一直線だ。
先週までは、巣から出てくるときには鉄塔の下の方に迂回し、巣の位置を悟られまいとしていたが、 どうやらそれが面倒になったようだ。
「巣から出る際は迂回しなくても良い」、 というようにルール変更したようだ。
確かに妥当な判断だろう。直滑降すれば体力の消耗はゼロである。
庭先で見張りをしていたお父さんに視線を送っている。
お父さんは周囲の安全を確認し、妻に合図を送っていたのだ。 この二羽は移動するときは互いに離れて行動し、 索敵の範囲を広げている。リスクを最小化する知恵だ。
そして、そのままスルー。
「じゃ、行ってくるわ」、という感じかな。
エサ台には直接行かずに小屋の屋根に着陸する。
周りを警戒し、慎重に進む。
野生動物にとって長生きの秘訣は「慎重であること」、これに尽きるのだ。
「注意一秒、怪我一生」という言葉があるが、 野生動物の場合「注意一秒、怪我、すなわち死」である。
軽率でドジな奴は淘汰されるのだ。
エサ台に飛び乗り、朝食の卵黄を食べる。
見張り役のお父さんは、アディといつもの朝礼の最中。
お父さんが大声で説教し、アディはうつむいて聞いているようだ。
だが時々、妻の様子が気になりエサ台に目をやる。
「アイツ、俺の分も食べていないだろうな・・・。」
妻が食べ終わると今度は自分の番。
卵黄は残っているのか?
ちゃんと残してある。夫婦で食事を分け合うのだ。
だがしかし、これが逆だとそうでもないのだ。 お父さんが先にエサ台に来ると、何も残さずにきれいに完食してしまうのだ。 夫婦間でも上下関係は存在し、強い方が多く食べることができるのだ。
そしてヒナが待つ巣に戻る。
行きと違い、尾行されないように慎重に戻る。 一旦、鉄塔の下に止まり様子をみる。
再び飛び上がり外に出る。
この動作を繰り返し、ようやく巣に辿り着くのだ。
もう周囲の鳥たちは巣の位置を知っているはずだ。
この動作も省略しても良いのではないだろうか。
いや待て、慎重こそが長生きの秘訣だった。
ヒナにエサを与えるお母さん。
生まれたてのヒナは羽毛が全く無く丸裸の状態だ。 ところで、こんなに高い鉄塔に巣を作って、ヒナの巣立ちは大丈夫だろうか。 普通なら木の上に巣を作るので、巣立ちの時に雛が落ちても、 パチンコ台を落ちてくる玉のように枝で弾かれて難を逃れるものだ。 だが、ここからの巣立ちは、ほぼ一発勝負のテイクオフではないだろうか。
2017年5月6日公開