我が家の屋根にぶら下がる蜂の巣。
これは今年の7月下旬の様子である。
アシナガバチにも何種類かあるのだが、これは黄色味の強い体色からキアシナガバチである。 この種類の蜂は毎年我が家に好んで営巣するのだ。 今回のように家の側面なら危険も少ないので放置しているが、過去にはそうもいかないこともあった。
昨年の事例がまさにそれなのだが、少し振り返ってみよう。
昨年4月のこと
いつも通るウッドデッキの扉の真上に巣作りを始めたのだ。
これを見た私は「さて、どうしよう?」と、五秒くらい考えた。
で、当然「撤去!」
これを許せるのは仙人クラスの人間か、引き籠りで外に出ない人くらいだろう。
女王蜂は単身で懸命に巣を作り、すでに卵を産み付けている。
私は女王蜂が出かけるタイミングを見計らい、その隙に巣を撤去した。
戻ってきた女王蜂は自分の巣が撤去されたことに動揺し、周囲をウロウロと探し回っていた。 一度決めた場所には執着があるようで、障害物をぶら下げてもすぐ隣に巣を作り直すのである。
こうして数週間にわたり何度も撤去と新築を繰り返したが、ついに彼女は去っていった。
しかし・・・、
この女王蜂は一枚上手だった
「壊されるなら作らなければいい」 という境地に達したのか、なんと!
今度は我が家の玄関の柱にある穴をそのまま巣として利用し始めたのだ。
そこには定番の六角形の巣穴は見当たらない。 既存の大きな穴の中に卵を産んでいくという、新しいスタイルの巣である。 こんなに適当でも構わないという柔軟さを持ち合わせているのだ。
しかし環境がよろしくないのか、眼が白化した変異体も出現している。
それで、私がこの巣をどうしたかというと…、
特に危険はないという判断で放置し、秋に蜂たちが解散するまで見届けたのであった。
そして今年の春
おそらく彼女の子孫であろう新女王バチは先代の失敗から学んだのか、 最も安全な場所に巣を構えたのである。
人の手が届かず充分な距離をとった場所だ。
これなら撤去の必要はまったく無い。
そして梅雨は明け、季節は生命あふれる夏へと向かう。
餌が豊富なこの時期に蜂たちは勢力を拡大させるのだ。
働き蜂が巣穴を覗き込んでは幼虫の世話をしている。
白い蓋のようなものが見えるが、あれは蛹が入っているところだ。
まだまだ増殖中である。
そして夏の終わり頃
多くの働きバチを擁し、蜂の巣はピークを迎えた。
今年はスズメバチが少ないので庭は彼らの独擅場だ。
まさに蜂の王国。そして巣は彼らの城である。
季節は秋へと向かう
11月に入ると朝晩に冷え込むようになり、そしてだんだんと虫が少なくなっていくのだ。 夜に鳴く虫の声も一つ、また一つと少なくなり、やがて静寂に包まれる。
まだ蜂は残っているが、育てる幼虫もいなければ女王もいない。
もはや生きる目的を失い特に何もすることがないのである。
次世代を担う新女王蜂はすでに脱出しているはずだ。
あんなに栄華を極めた蜂たちの城も急速に風化して崩れていく。
巣の下ではアオマツムシが越冬する場所を探して力なく彷徨う。
もう、虫たちの季節は終わりだ。
朝の気温は7℃を下回るようになった。
残った蜂たちは身を寄せ合って寒さをしのいでいる。
昆虫は変温動物なので自身の体温を維持できない。
そのため適応限界を下回る気温になると体内の活動が停止してしまうのだ。
11月15日
運命の日を迎える
前日に通過した低気圧の影響で北風が強く吹き付けていた。
その風にあおられ、蜂たちの城はついに崩壊。
いくつかに分散しながら落下した。
巣と一緒に落ちてきた数匹の蜂たちは、身を寄せ合って寒さをしのいでいる。
寒さのせいでまったく動くことができない。もはや死を待つのみ。
夏の終わりに最後に羽化した蜂はこうして衰退をかみしめ、そして終焉を迎えるのである。
< 本日のオマケ >
蜂の巣を見つけるとすぐに巣を撤去したくなるものだが、 巣の位置によってはそれほど危険なものではない。 だがしかし、 蜂というのはなぜか人間の行動と被るところに巣を作りたがるのだ。
遡ること2014年7月。
この夏、我が家の門柱のすぐ下にオオスズメバチが巣を作ったのだ。 この種類の蜂は地中に巣を作るので発見しにくく、気づいたときにはたいてい手遅れである。
これには参った。車で出入りするときはよいのだが、 歩いて門を通る際は非常に気を遣う。
それだけならまだ良いのだが、ポストに投函する郵便局員などにも被害が及ぶ可能性があるのだ。 さっそく巣を撤去しようと役所に依頼するも、この地域では行政は巣の撤去をしない方針とのことだ。 「業者に頼むか、あるいはご自分でやってください」、「気を付けてね」という言葉をもらい電話を切った。
しかたなく自分でやることにした。
そして攻撃第一弾。
10㎏のドライアイスの塊を用意し、巣の入り口を塞ぐように置いてやった。
私の計画では、ドライアイスの冷気と二酸化炭素濃度の上昇により蜂は死滅するはずだ。
勝算の高い冷酷で無慈悲な作戦を立案したと自負していた。
だがしかし、
帰巣してきた蜂が巣に入れずに困っている様子は確認できたものの、わずか二日間で巣の出入り口を別の場所に移してしまい蜂たちの活動は元通りに復旧した。 与えたダメージはほとんどないようで、この作戦は失敗に終わったのだ。
氷攻めがダメなら今度は熱攻めだ。
蜂たちの活動が鈍くなる夜間を狙い、巣穴から熱湯を流し込む作戦を考案した。 素直に毒薬を注入すればよいのだが、当時の私はそれに抵抗があった。 それは喧嘩に飛び道具を使うようなものだ。これは私と蜂との勝負である。
決行の日の夜、ウエットスーツに身を包みその上からスノボウエアーを着込む。
倉庫を探したら耐薬品防護服があったのでせっかくだからそれも着込む。
夜ならそこまで防御しなくても大丈夫じゃないか?と思うだろうが、 私はかつて昆虫採集をしていた時に、夜に活動するオオスズメバチを何度も見たことがあるのだ。
この重ね着は非常に暑い。
夏にこの格好では、あまりグズグズしていると自分が倒れる。
そして寸胴鍋で大量のお湯を沸かし、いざ出撃。
巣の入り口から熱湯を流し込む。これを繰り返し三回おこなった。
夜ということもあって、巣は沈黙している。
効果のほどはまったく不明だが、自信はあった。
そして翌朝
巣を出入りする蜂は確認できない。 大きなダメージを与えたのだ。そして私は勝利を確信した。
しかし昼頃になると何匹かの蜂が巣から出てきた。 よく見るとその蜂たちは何と、死んだ仲間をくわえているではないか。 私の熱湯攻撃により死んだ仲間や幼虫を巣から運び出しているのだ。 生き残った者たちが必死で巣の再生を試みているのだ。 私はなぜか、その光景に戦意を失った。それは哀れみではない、私にはない何か強い生き様を見たような気がしたのだ。
「負けたよ・・・。 私の負けだ。」
こうして私は巣の撤去を諦めた。そして蜂の巣の撤去を断念したことを周辺住民および佐川男子、クロネコ、及び郵便局に通告し、危険を促す看板を巣の前に設置した。
同じ敷地内でオオスズメバチとの共存をすることになったのだが、こちらに敵意が無ければあの狂暴な蜂も襲ってくることはないのだ。 その後の生活において多少の不自由は強いられたが、門前のオオスズメバチとともにひと夏を過ごし、そして12月下旬に彼らがいなくなるまで見守ったのであった。
2019年11月17日 公開