鏡像認知とは、鏡に映る自分の姿を「自分自身である」と、認識できる能力の事である。 人間では当たり前の能力であるが、これには高い知能を必要とするため、 鏡像認知ができる動物は意外に少ない。 哺乳類ではチンパンジーなどの高等な動物に限られる。
鳥類も例外ではなく、ほとんどの種で鏡像認知はできないとされている。 そのため、鏡に映る自分の姿を他の鳥と誤認してしまうのだ。
それではカラスはどうだろうか。鳥類のなかでも群を抜いて賢いカラスだが、 はたして鏡に映る自分を認識できるだろうか?
カラスに鏡を見せて簡易な実験をしてみよう。
カラスの等身大が映るサイズの鏡を用意し、
このようにケージに入れる。
被験者はハシブトガラスのアディ。
このカラスは普段は鏡の無い環境ですごしている。
しばらくは鏡を気にしていない様子だったが、
突然、自分の足の毛をむしり始めた。
これはカラスが強いストレスを感じた時にとる行動である。
すると、今度は突然、鏡を突き始めた。
鏡に映る自分を他のカラスと誤認したのか?
だが、これは他のカラスと対峙した時とは全く違う行動だ。
威嚇行動ではなく、何かを確かめようとしているようだ。
数分が経過した。
今度は顔を傾けて鏡を覗き込んでいる。
この仕草は、興味のある対象をじっくり観察するときに見られるものだ。
落ち着いた様子から、
今は鏡の中の姿についてじっくりと考えているようだ。
またしても自分の毛をむしり始めた。
理解できない状況にストレスをためているようだ。
そして再び、鏡に映る姿を見て一生懸命に何かを考えている。
鏡というものを理解する努力をしているのだろう。
今度は鏡に向かってあくびをしたりしてみせる。
このように少しずつ落ち着きを取り戻し、
客観的な視点で鏡を捉えようとしているのだ。
ここまでの観察の結果、カラスは鏡に映る自分の姿を他者だとは思っていないが、 自分の姿を映していることまでは完全には認識できていない。 理解できない不可思議な状況に対し、そうとうなストレスを感じている様子だ。
しかし、鏡に映る姿を見てあくびをしたりする行動は、 自分の動きと鏡の中の動きとを比較する行動であり、 これらを繰り返すことによって鏡像認知は可能になると予想できる。
鏡像認知のテストは「できる」と「できない」の両極端な判定しかなく、 その中間は存在しない。 だが実際には自己認識が完璧でないものの、 何となく理解している動物もいるのだ。 例えば、室内飼育の犬はどうだろう。 その多くは、部屋の鏡の中に別の世界があるとは思っておらず、 部屋の内部を映したものだと正しく認識しているはずだ。
自然界には湖や海などの水域があり、条件がそろえばその水面は鏡のように景色を映す。 だが、ビルの窓に衝突する鳥はいても、湖に衝突したという話は聞いたことが無い。
そこで実験第二弾。
今度は鏡を水平にしてみる。
するとアディは鏡の枠に乗り、鏡を覗き込んだ。
それから枠の部分をピョンピョンと移動するが、
けして鏡の部分には乗らない。
そこで、鏡の上におもちゃを置いてみると…、
何のためらいも無くクチバシで取り上げた。
もし、ここで鏡に映る姿を他者と認識していたとしたら、
鏡の中の他者と競合した行動をとるはずだ。
だがそのような素振りは一切ない。
これは水平に置かれた鏡については鏡像認知ができるという証拠である。
先程の光景は、鳥が水の淵にとまるときの姿そのものである。
もちろん水面には自分の姿が映っている。
つまり、鳥類は水平方向に限り鏡像認知ができているのだ。 これは実験などせずとも当たり前の話である。
ではなぜ、それが垂直(鉛直)方向になると認知できないのか?
その理由は、自然界において鏡の効果を示すものは水面だけである。 そして「水平」という字が示す通り水面は必ず水平であり、垂直の水面など有り得ないからだ。 だから鳥類には生まれつき水平方向の鏡像認知が備わっているのだ。
関連ブログ:「カラスブログ2017年12月17日 カラスの鏡像認知」
2018年3月3日公開