カラスの食性

カラスは日本全国どこでも見かける身近な鳥である。山に登っても海を見に行っても必ず視界にカラスがいるが、彼らがそこにいる理由はそこに食べ物があるからだ。それではいったい普段の彼らは何を食べているのか?

カラスは渡りをしない留鳥であるため、縄張りが確定するとエサを求めて遠くに旅に出ることは少なく、四季を通して自身の縄張り内で食べ物を得ている。


魚を食べるカラス

<海岸に打ち上げられた魚や貝を探すハシボソガラス>

この浜では、ハシボソガラスが採取した貝を上空から落として割って食べる光景が見られる。


海辺であれば、浜に打ちあげられる魚や貝が手に入るので、一年を通して安定して食べ物を得られる。浜辺にあるのは魚や貝であるため肉食傾向となる。

野山を縄張りにするカラスは、夏場はセミやハチ、イナゴなどの昆虫を捕まえて食べている。そして人里では、畑のスイカやトマトなどの野菜を盗み食いする場面をよく見かけるし、秋になると柿などの果実も食べる。酪農が盛んな場所では牛のエサを盗み食いすることもあるが、それは草食動物用のエサである。そうかと思えば、道端で動物の轢死体に出会うとしばらくは肉だけでお腹がいっぱいだ。

このように、カラスは状況によって肉食中心にも植物食中心にも対応し得る鳥なのだ。そしてこの「食の許容範囲が極めて広い」ということこそがカラスの最大の武器であり、山奥から農地や漁港、都心に至るまで勢力を拡大してきた理由である。


セミを食べるカラス

<昆虫を食べるカラス>

夏のカラスたちはセミなどの昆虫をよく食べる。そして虫がいなくなる晩秋には木の実などの植物性の採餌が多くなる。


木の実を食べるカラス

<クスノキに群がるハシブトガラスとクスノキの実>

晩秋から冬にかけてクスノキにカラスが群がってくる。彼らのお目当ては黒く熟したクスノキの実だ。クスノキの実は中心部に大きな種がありこれは消化できない。食べられる部分は周辺部だけなので、たくさん食べる必要がある。この季節はこればかり食べていることもあるが、大好物なのかと思えばそうでもないようだ。なぜなら、飼育下のカラスにクスノキの実を与えても進んで食べることはないからである。

関連記事1:「2018年12月23日 クスノキの実」


ハシボソガラスとハシブトガラスの食性の違い

ハシボソは植物食志向でハシブトは肉食志向といわれるが、私が観察した限り両者の志向に顕著な違いは見られない。ハシボソも車に轢かれた動物を積極的に食べに来ることから、ハシボソが植物食志向と決めることはできないのだ。

昔はハシブトは山奥に住み、ハシボソは人里近くに住んでいたようなので(参考文献1)、生息域の違いが食性に反映していたのだろう。だが現在は両者の住み分けは曖昧となっている。なにせ、平らで住みやすい土地は全て人間が開拓し、本来の自然は急峻な山岳地帯にしか残っていないのだから。畑では人間が旨そうな植物を栽培したり、街ではだらしなく生ゴミを出す。これではカラスたちが山でおとなしくしていられないだろう。


牛肉を食べるカラス

<ハシボソガラスも積極的に肉を食べる。>

これまでの観察によると、ハシボソガラスも肉を選べるのなら積極的に食べることが分かっている。おそらく肉の方が栄養吸収の効率がよいのだろう。

「肉」とは?

肉と聞いて思い浮かべるのはスーパーで売っている豚肉や牛肉だが、それらは筋線維細胞の集合体であり要するに「筋肉」のことである。もちろん魚やイカ、エビも同様で、我々が食べている部分はほぼ筋肉である。そして筋肉を構成するのは主にタンパク質であり、タンパク質を構成するのはアミノ酸だ。昆虫も同様で、特に空を飛ぶ昆虫の胸部には立派な飛翔筋が詰まっている。肉食性というカテゴリーに昆虫食の動物も含まれるのはそのためである。


海岸のハシブト

<ハシボソガラスの領域に侵出するハシブトガラス>

この海岸は以前はハシボソガラスの生息域だったが、近年、ハシブトガラスが侵出してきた。両種の棲み分けが曖昧になったというよりも、ハシブトガラスがハシボソガラスの領域に侵出しているといってもよいだろう。


カラスの驚異的な消化能力

ここまでは自然界でのカラスの食性を紹介してきたが、カラスの本当の凄さは都会で見ることができる。

繁華街においては飲食店から出る生ゴミを主食にしているカラスもいるようだ(参考文献2)。居酒屋などから出される生ゴミには客の食べ残しと期限切れ食材が大量に含まれる。それらは塩分や脂肪が過多であり人間に対してもあまり健康的ではないだろう。しかし繁華街周辺の樹木にカラスが営巣していることが多く、実際に居酒屋メニューを食べて雛が育つのだ。これは他の鳥には到底マネのできないことだろう。

このようにジャンクフードに対する許容度が高いことに加え、特にハシブトガラスはマヨネーズを丸呑みにするほどの偏食をみせ、さらには寺社からロウソクを盗んで食べたりもするのだ(参考文献3)。これは大量の蝋(ロウ)をも消化できるということである。
*日本のロウソクは植物性の油脂で作られるものが多い。


カラスの幼鳥の食性

鳥類のヒナは孵化した時点ですでに大きな胃を備え、様々なものを食べるための準備ができている(参考文献4)。また、鳥には歯がないのだが、それに代わる筋胃という消化器官で食べ物をすり潰している。これが哺乳類と大きく異なる点であり、母乳や離乳食の期間を必要とせず、孵化したらすぐに親鳥が運んでくるエサをそのまま食べることができるのだ。ハトなどは素嚢(そのう)から出るミルクを雛に与えるが、カラスは素嚢を持たない(参考文献5)ので最初から親鳥と同じものを食べている。


雛に給餌するカラス

<雛に給餌するハシボソガラス>

親鳥がクチバシにくわえて持って来たエサをそのまま雛の口に放り込んでいるため、特に雛の消化に配慮しているわけではないことが分かる。


このようにカラスは親鳥と同じものを食べるのだが、一つ見落としてはいけない点がある。それは、育雛(いくすう)の時期は動物食志向が強まるということだ。これはカラスに限ったことではなく、果実食の鳥でも雛に対しては昆虫などを与える傾向があるのだ(参考文献6)。昆虫はタンパク質を豊富に含み、ビタミン、ミネラルのバランスも良く幼鳥期に必要な栄養素を満たしているからだ。この時期に炭水化物が主体の植物食で雛を育てるとタンパク質やカルシウムが不足し、クル病などの成長障害を起こすことが知られている。

そうなると先ほどの居酒屋メニューが気になるが、唐揚げなどはタンパク質が豊富なので上手にメニューを選べば雛は育つのだろう。もっとも、カラスの場合は多少栄養が偏っていても絶対量が足りていれば雛は育つということだ。


飼育下のカラスのエサ

カラスを飼うことは一般的ではないので「カラスフード」というものは存在しない。そこで何を与えるか考えたときに、カラスの食性に答えがある。そうはいっても繁華街で生ゴミを漁っているのは本来の姿ではないので、それはあまり参考にしない方がよいだろう。

一般的な飼い鳥といえばオウムなどの植物食の鳥が多いが、それらの鳥に高タンパクなフードを与えると内臓疾患を起こすことが知られている(参考文献7)。しかしカラスの場合はそのような心配はなく比較的自由に食べ物を選ぶことができる。鶏肉、豚肉、魚などの肉類をはじめ、豆腐、ゆで卵、トマト、完熟した果実などをバランスよく与えておけば間違いない。市販のペットフードならばドッグフードや九官鳥のエサなどでも代用できる。


関連記事2:「カラスの飼育情報」

関連記事3:「カラスのエサ」


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参考文献

  1. Higuchi, H. 1979. Habitat segregation between the Jungle and Carrion Crows, Corvus macrorhynchos and C. corone, in Japan. Japanese Journal of Ecology 29:353-358.
  2. 松原始 著, 『カラスの教科書』, 雷鳥社, 2012年
  3. Higuchi, H. 2003. Crows causing fire. Global Environmental Research 7:165-168.
  4. フランク・B. ギル 著, 『鳥類学』p.462, 新潮社, 2012年
  5. 杉田昭栄 著, 『カラス学のすすめ』p.125, 緑書房, 2018年
  6. Foster, MS 1978, Total frugivory in tropical passerines: A reappraisal. Trop. Ecol.19:131-154.
  7. 小嶋篤史 著, 『コンパニオンバードの病気百科』p.151, 誠文堂新光社, 2016年

更新履歴

2022年8月21日 公開

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