ハシブトガラスとハシボソガラスは分類学上、どちらもカラス属に分類され、 生物学的に見ても近い存在である。 一般的に表現される「カラス」とは、この両種を区別することなく指す通称である。 姿や行動も似ているため、亜種のように思うかもしれないが完全な別種である。 そのため両種の間に雑種は存在しない。 この「雑種が存在しない」ということこそが「別の種である」ことを示す根拠である。
どちらも同じような黒い羽毛と似たような体格であり、区別がつきにくい。 平均するとハシブトガラスの方が大型であるが、 両種とも個体差が大きいため、サイズの違いは見分けるポイントにはならない。 だが、別種であることは体の構造の違いとして確実に現れており、 そこが見分けるポイントになる。
外見上、唯一かつ明確な違いがある。 名前の由来にもなっている通り、それはクチバシである。
左のハシブトガラスは、上側のクチバシが根元から真っ直ぐ前に伸び、 先端付近で急カーブを描いて下側に回り込んでいる。 これはクチバシ先端の強度を重視した形状であり、 ペンチのように動物の肉を引きちぎるのに適している。 そして頭のサイズの割にクチバシが大きく、鳥としての容姿はアンバランスだ。 そのためか、どこかコミカルな印象である。
対して右のハシボソガラスは、 上側のクチバシは先端にかけて緩やかにしなり端正な顔立ちを演出している。 鳥としてのバランスが整い器用な印象だ。 このクチバシの形状は、細かなところからエサをほじくり出すのに適している。
クチバシのサイズにどれくらいの差があるのか分かりやすくするため、画像からクチバシをトレースしてみる。 左がハシブトで右がハシボソだ。
そしてトレースした図を重ね合わせると、両種の差がはっきりと浮かび上がる。
ハシブトガラスの方がクチバシが三割ほど分厚いのだ。
この差こそが、外見から両種を見分ける決定的なポイントとなる。
カラスの鳴き声というと「カァー、カァー、」や「アーホー、アーホー」 という声を思い出すが、これらは全てハシブトガラスの鳴き声である。 「アーホー」のように途中で音程を変化させるのもハシブトガラスの特徴なのだ。 ハシブトガラスは澄んだ声質といわれるが、そこには注意が必要である。 なぜならハシブトガラスは濁音やビブラートを発することも可能であり、 ハシボソガラスと同じ声を出すこともできるのだ。 よって、鳴き声は識別の判断材料になるものの、それのみで断定することはできない。
ハシボソガラスは「ギャー、ギャー」や、 「グワァー、グワァー、」と濁音交じりの声質である。 だが、よく聴いてみると、 細かく音を震わせビブラートを効かせたような独特の鳴き声であり、 いわゆる濁音ではない。 声質には個体差があり、たまにきれいな高音のビブラートを発する個体もいる。 ハシブトガラスのように声質や音程の変化は少なく、声量も比較的小さい。
鳴くときの姿勢は両種を識別する際の決定的な根拠となる。 特にハシボソガラスは特徴的であり、 100m以上離れていても鳴くときの姿勢だけで判定できる。
この画像はハシボソガラスが絶叫しているときのもの。 このように、鳴くときに頭を上下させるのがハシボソガラスの特徴である。 木に止まり鳴くときの姿勢は確実に見分けられるポイントだ。 頭を下げたときに息継ぎして、頭を上げながら声を絞り出す。 よく見ると頭を上下させるというよりも、上半身を上下させている。 この時、尾翼をいっぱいに広げてバランスを取っているが、 その時の状況によって尾翼の広げ方は異なる。
横から見るとこんな状態。
上体を伸ばしながら絞り出すように発声している。
大きな声を出そうとするほど、このように伸び上がった姿勢となる。
その姿は実に特徴的である。
飛びながら鳴いているカラスのほとんどは、実はハシブトガラスである。
理由はこれまでの説明からも分かるように、 ハシボソガラスは発声するときに上半身全体を使うため、 特に飛びながら鳴くのは苦手なのだ。 そのため、ハシボソガラスが飛翔中に鳴くことは比較的少なく、 飛翔後、木に止まった次の瞬間に鳴き始めることが多い。
この画像はハシボソガラスが飛びながら絶叫する瞬間を撮影したものだ。 飛翔中に相手を威嚇するとき、 このように一瞬羽ばたきを止めて、上半身を伸ばしながら発声するのだ。 そのため、遠くから見ていても羽ばたきのリズムが乱れるのが分かる。
こちらはハシブトガラスだ。
発声時に尾翼を内側に動かすのがハシブトガラスの特徴。
ハシブトガラスは鳴くときに頭を上下させない。その代わりに
右の画像のように尾翼を内側にしまい込むような姿勢になる。
「カアー、カアー、」と鳴くたびに尾翼がピコ、ピコ、と前後に動く。
このとき尾翼は広げない。
そして喉をいっぱいに膨らませ大音量で発声する。
このように両種のカラスは鳴くときの姿勢が全く異なるため、 観察時に確実に見分けられるポイントとなる。
一般的にハシブトガラスのおでこは盛り上がってる、と言われているが、 それは見分けるポイントにはならない。 確かにハシブトガラスの方がおでこが盛り上がっているような印象はあるが、 それは太いクチバシとのアンバランスさが際立ってそのように見えるだけである。
この左右の画像を見比べてほしい。 両方とも同じハシブトガラスだが左はおでこが盛り上がっているが、 右の画像では寝かせている。つまりこれは、 骨格の違いではなく羽毛が逆立っているだけなのだ。 左のように羽毛が逆立っているときはリラックスしているとき、 嬉しいとき、甘えているときである。
これはハシボソガラスだが、おでこの羽毛を立てている。
気分の変化に同調して瞬時に羽毛が寝たり逆立ったりする。
その他、寒い時も羽毛を立てているが、そんな時は同時に肩をすぼめている。
鳥の歩き方は大まかに二種類あり、 ハトやアヒルのように足を交互に前に出して歩くものと、 スズメのように両足でジャンプするように歩くものとがいる。
この画像はハシボソガラスが歩いているところだが、
このようにハシボソガラスは足を交互に出して歩くことが多い。
ただし、状況によっては両足ジャンプ歩行に切り替えることもあるので、
歩き方で判定することはできない。
この画像は河原を颯爽と歩くハシブトガラスだが、
よくみると足を交互に出している。
ハシブトガラスは両足ジャンプ歩行といわれているが、
落ち着いて散策しているときなどは、
このようにハシボソガラスと同じ歩き方であり、
その頻度は意外に多い。
このように、歩き方でカラスの種類を特定することはできないのである。
ハシブトガラスは動物の肉を好み、ハシボソガラスは植物性のものを好むといわれているが、 私のこれまでの観察によると、そのような差は見られない。
この写真は、このハシボソガラスが初めて和牛を食べた時のものであるが、 あまりの旨さに仰天し、何度も舌で味わってから食べていた。 以来、彼は和牛の虜である。
こうして肉の旨さを学習したハシボソガラスは、
次からは肉を好んで食べるようになった。
試しにドッグフードと卵黄、そして和牛を並べてみると、
何の迷いも無く和牛だけを選んで食べるのだ。
何度か試したが、どの食材と比較しても同じである。
だが、「ハシブトガラスとハシボソガラスでは食性が異なる」、 というデータが存在するのも事実である。 おそらく、その原因は住んでいる地域と親鳥からの教えによるものだ。 ハシブトガラスとハシボソガラスは本来は棲み分けされており、 ハシブトガラスは森林に住み、ハシボソガラスは河原や海岸などの開けた土地を好む。 このことが両者の食性の違いとなって現れるのだ。
例えるなら、アメリカ人はハンバーガーやポテトを好むが、 日本人は味噌汁や納豆を好む。 これは住んでいる地域や親から伝わる習慣の違いであり、 アメリカ人も日本で生まれ育てば、味噌汁と納豆を喜んで食べるだろう。
このように、ハシブトガラスとハシボソガラスは共通する部分が多いが、 決定的に異なる部分もあった。 彼らが遥か昔に種分化し、別々の道を歩んできたことを実感するところである。
そして現在、鳥としてどちらがより進化したかと考えると、 それはハシブトガラスの方だと思う。 その根拠としては、多彩な鳴き声によるコミュニケーション能力が挙げられる。 「それだけ!?」と、思うかもしれないが人類の進化がそうであるように、 コミュニケーション能力は進化において非常に重要なのだ。 そしてもう一つ挙げるとすると、大胆かつ図々しく都会で生き抜く能力である。 慎重さと図太さをバランスよく獲得したハシブトガラスこそが、 最後に勝ち残るような気がするのである。
2018年2月27日2018年改訂版を公開 改定前はこちら
2016年12月3日公開