昨日、帰宅すると部屋の窓ガラスが汚れているのを見つけた。
どうやら鳥が窓にぶつかったようだ。
この窓ガラスは光の加減によっては鏡のように景色を反射し、
鳥が衝突することがあるのだ。
よく見ると羽毛が押し付けられた痕跡があるではないか。
さっそく、その部分を拡大してコントラストを上げてみる。
すると魚拓のように浮かび上がる鳥のシルエット。
おそらくキジバトだろう。
全体からその部分をトレースしてみると、その時、何が起こったのか理解できる。
おそらくこうだ。 「両翼を広げた鳥が右45度くらいから衝突し、 その衝撃で脱糞したものが左方向に飛び散る。」
この鳥は無事なのか? 周辺を探したがこの「魚拓」の主は見つからず、血痕も見当たらない。 おそらく致命傷を免れた主はこの場を立ち去ったようだ。
↓ 鳥の種類はおそらくこれ
この周辺に多く生息するキジバトだ。 こいつは怪我をしている様子は無いので魚拓の主ではないようだ。
鳥が窓ガラスに衝突することはよくある。 その原因は二つあり、一つは透明な窓ガラスを見落とし通過しようとして衝突するのだ。 だが、これは人間でもたまにやってしまう。 デパートなどは壁面に大型のガラスを貼っているが、これに頭をぶつける人がいるのだ。 そのため最近ではガラスに目印が付けてあることが多い。
もう一つは、窓ガラスに風景が映り込んで鏡のようになり、 その風景を実物と見誤り衝突するケースだ。 街中での鳥の事故にはこれが多いが、先ほどと違い人間では稀なケースだ。 なぜなら、人間は鏡に映る自分を認識し衝突を回避できるからだ。 この、鏡に映る自分を認識する能力が「鏡像認知」である。 簡単そうで意外に高度な能力であり、 人間以外ではごく一部の動物にしかない。
鳥類も例外ではなく、鏡像認知はできないとされている。 そのため、鏡に映る自分の姿を他の鳥と誤認してしまうのだ。
例えば、飛行中の鳥が窓ガラスに映る景色を実物と錯覚する。 そしてその方向に飛んで行くと窓ガラスに映る自分が見えてくるが、 これを他の鳥であると誤認する。 そこで鳥は、相手との衝突を回避するために進路を修正する。 だが当然、鏡像である相手も同じ角度で進路を修正してくるのだ。 ここで人間の場合は瞬時に気が付き「何だ、鏡か…。」となるが、 鳥の場合は最後まで気が付くことなく窓ガラスに衝突するのだ。
それではカラスはどうだろうか。鳥類のなかでも群を抜いて賢いカラスだが、 はたして鏡に映る自分を認識できるだろうか?
さっそく実験開始
まずは、アディに手鏡を見せてみる。
特に何の反応も無いようだが…。
鏡に写る自分をぼんやりと眺めているが、
もしかして鏡に写る姿は自分だと認識しているのか?
だが、このように小さな鏡では全体像をつかめないだろう。
そこでアディを部屋のケージに移し大きな鏡を用意する。
カラスの等身大が映るサイズの鏡を用意し、 ケージに入れてみる。
先程と同じで鏡を全く気にしていないように見えるが…。
しばらく何もない時間が流れるが…。
突然、自分の足の毛をむしり始めた。
これはカラスが強いストレスを感じた時にとる行動だ。
こんどは突然、鏡を突き始めた。
鏡に映る自分を他のカラスと誤認したのか?
だが、これは他のカラスと対峙した時とは全く違う行動だ。
威嚇行動ではなく、何かを確かめようとしているようだ。
ちょっと鏡が近すぎて圧迫感があったかもしれない。
今度は鏡の位置を変えてみる。
すると顔を傾けて鏡を覗き込んでいる。
この仕草は興味のある対象を確認するときにとる行動だ。
またしても自分の毛をむしり始めた。
理解できない状況にストレスを溜めているようだ。
鏡に映る姿を見て、一生懸命に何か考えているようだ。
鏡というものを理解する努力をしているのだろう。
鏡に向かってあくびをしたりしてみせる。
徐々に鏡を理解し始めているようにみえるが…。
今度は鏡の枠を突いている。
ここまでの行動から判断すると、
カラスの鏡像認知能力は半々といったところか。
「鏡に映る姿は他者ではなく、
映っているのは自分自身であるような気がする。
だが、そのメカニズムが理解できなくてなんだか苦しい。不愉快。イラつく。」
おそらく、そんなところだろう。
そろそろ実験に飽きてきたアディ。
「遊ぼうよ」
と近づいてくる。
だが、しつこく鏡を差し出す私。
「またコレか…。」
退屈そうな表情のアディ。
そこで実験第二弾。
今度は鏡を水平にしてみる。
するとアディは鏡の枠に乗り、鏡を覗き込んだ。
それから枠の部分をピョンピョンと移動するが、
けして鏡の部分には乗らない。
そこで、鏡の上におもちゃを置いてみると…、
何のためらいも無くクチバシで取り上げた。
もし、ここで鏡に映る姿を他者と認識していたとしたら、
鏡の中の他者と競合した行動をとるはずだ。
だがそのような素振りは一切ない。
これは水平に置かれた鏡については鏡像認知ができるという証拠である。
さて、この光景。 どこかで見たような・・・?
そう、鳥が水の淵にとまるときの姿だ。
もちろん水面には自分の姿が映っている。
自然界には湖や海などの水域があり、条件がそろえばその水面は鏡のように景色を映す。 だが、ビルの窓に衝突する鳥はいても、湖に衝突したという話は聞いたことが無い。 つまり、鳥類は水平方向に限り鏡像認知ができているのだ。 これは実験などせずとも当たり前の話である。
ではなぜ、それが垂直(鉛直)方向になると認知できないのか?
理由は簡単。
自然界において鏡の効果を示すものは水面だけである。 そして「水平」という字が示す通り水面は必ず水平であり、垂直の水面など有り得ないからだ。 だから鳥類には生まれつき水平方向の鏡像認知が備わっているのだ。
だがしかし、近代文明によって街にはビルが立ち並んだ。 そして鳥たちは突如、この垂直の「水面」と対峙することとなる。 鳥たちにとってはこれまでの常識からは有り得ないことであり、理解のできない概念である。 すぐに対応できないのは当然である。
都会で暮らす鳥たちは、そのうち鏡像認知ができるように進化する可能性がある。 いや、すでに一部のカラスやハトには備わっているのかもしれない。
2017年12月17日公開