ゴールデンウイークも終盤に差し掛かった5月6日。鉄塔の巣ではハシボソ夫婦の子どもたちは順調に育ち、巣からあふれ出しそうだ。当初、ヒナは二羽だと思っていたが今年も三羽だった。
身を乗り出してエサをねだるが、まだ巣から出ることは無い。
両親が出かけるとヒナたちはコンパクトに収納される。食べる以外の時間はほとんど寝ているが、よく食べ、よく寝ることで成長するのだ。
私の予想では4日後の5月10日に巣立つとみている。
巣立ちの瞬間を記録するため、長距離撮影用の望遠カメラを三脚に固定した。
5月8日
晴天の強い日差しがヒナたちに降り注ぐ。
お父さんが帰ってきた。
大きく口を開けてエサをねだるヒナたち。二羽のヒナの後ろに、やや元気の無いのがもう一羽いる。
お父さんは我が子に順番にエサを与える。
5月10日
この日は私が予想した巣立ちの日である。
曇天だが風は弱く巣立ちに適した朝を迎えた。
三羽のヒナたちは巣の中でモゾモゾと動いている。
翼を持ち上げたりして、まるで巣立ちに向けて準備運動をしているかのようだ。
「おっと、」
一羽のヒナが翼をバサバサし始めたぞ。
羽ばたきながら、何やら絶叫している。
巣立ちに向けて気合充分といったところか。
その日の午後
「しーん・・・、」
私の予想は外れ、この日に巣立つことはなかった・・・。
5月11日 午前5時。
昨日に続き曇天の無風だ。
観察を始めると、すでに一羽のヒナが巣立ちを終え下のアームにとまっていた。
巣に残る二羽のヒナはその様子をじっと見ている。
両親はヒナたちの両側にとまり無言の圧力をかけはじめた。
昨日までとは違う緊張感が伝わってくる。
両親の期待に応えるように巣から出てきた。
それから数時間後、
二羽目のヒナが巣立った。
巣立ちの瞬間を写すのは難しいものだ・・・。
無事に鉄塔の下の方まで飛んだ。
さて、残るはあと一羽だ。
プレッシャーを感じているはずだが、まだ覚悟が決まらないらしい。
鉄塔の上を行ったり来たり落ち着きがない。兄弟はもういないのだ。
ウロウロ歩くだけで、夕方になると巣に戻ってしまった。
一羽のヒナを残したまま、
太陽は西に傾いていく。
そして翌朝
5月12日 5時25分
私とハシボソ夫婦の期待の目が末っ子に集中する。
プレッシャーは半端じゃないだろう。
「おっ!」
いきなり翼を広げた!
行くのか!?
私はこの瞬間にカメラのシャッターを連射する。
あぁ? 足をスベらせた・・・、
そしてコケた・・・。
おや? 反対側を向いたぞ。
巣に戻ってしまった・・・。
「ダメだこりゃ・・・。」
皆が肩を落としたその数分後。
「このままではダメだ」と悟ったのだろう。
巣から這い出しアーム先端の高いところに登った。
覚悟を決めたのか、自らの退路を断ったように見える。
そして・・・。
大空に向かって力いっぱいジャンプした!
そして全力で羽ばたく!
ついに最後のヒナが巣立ったのだ。
5月12日 午前5時59分のことであった。
2022年5月29日 公開