あちらこちらでカラスの親子を見る機会が増えた。街中の公園や街路樹からは子ガラスの甘えた声が聞こえてくる。そう、今はカラスの巣立ちがピークを迎えているのだ。
さて、ハシボソ夫婦の子育てはどうなったのか?
ご心配なく。彼らが育てた三羽のヒナは、5月17日に巣立ったのだ。 しかしベテランのハシボソ夫婦であるが、今年は例年になく難航の巣立ちとなったのだ。
それでは、巣立ちの様子を振り返ってみよう。
4月28日朝、卵黄を口いっぱいに詰め込むお父さん。
こぼれ落ちそうな量をほおばるが、自分で食べるのではない。
巣で待つヒナたちに届けるのだ。
鉄塔の奥に作られた巣はアームが邪魔で、
中がどうなっているのか全く分からない。
時々、両親が戻ってくると顔を上げて姿を見せる。ヒナは順調に育っているようだ。
5月7日、 給餌の回数が増えてきた。お父さんとお母さんはフル稼働でエサを集めてヒナの元に運んでいく。
5月10日、 ヒナが巣の中で立ち上がり羽ばたき運動を始めた。巣立ちに向けた第一歩だ。この時点での画像解析によると、今年も三羽のヒナがいることが分かった。巣の中はとても窮屈だろうが、しかしこの窮屈さが巣立ちを促すのだ。
おそらく巣立ちまであと4、5日だ。予定日は5月14日とみた。私はその瞬間を記録に残すための準備に取り掛かった。
そして迎えた5月14日
私の予想では今日が巣立ちの日だ。すべての予定をキャンセルし観察に臨む。
早朝から天気は快晴。気温は30℃まで上がるという予報だ。北西の風がやや強く鉄塔に向かって吹いているが、これくらいなら問題はないだろう。
鉄塔を見渡せる二階に機材を設置した。この望遠デジカメはビデオ撮影に、そして巣立ちの瞬間は使い慣れた一眼レフで撮るのだ。
ヒナたちは巣の上に立ち上がり翼をバサバサしている。見ていると緊張してくるが、それはハシボソ夫婦も同じだろう。
だがしかし、いっこうに巣から一歩を踏み出さない。
ハシボソ夫婦は時々様子を見に来ては、少し離れてとまる。ヒナたちに巣から出るように促しているのだ。
午後、ハシボソ夫婦は地上付近で道行く人を威嚇し始めた。これはヒナの着地に備えた重要な準備である。いよいよ巣立ちは近い。
しかし・・・、
ヒナたちは飛び立つことなく日没を迎えてしまった。
私の予想は外れた。結局、ヒナたちは巣から一歩も出ることはなかったのだ。しかし、いつも私の予想は一日後ろにずれる傾向があるので、明日が巣立ちだろう。
気を取り直し、明日の巣立ちに備えて早く寝ることにしよう。
そして5月15日 午前5時。
昨日とは一転して、どんよりとした曇り空だ。風は南に変わりやや強く吹いている。
「あれ!?」 一羽のヒナが一段下のアームにとまっている!
どうやら明け方に巣から出て飛び降りたようだ。
そしてこちらは巣に残ったヒナだ。先に飛び降りたヒナに触発されたのか、巣の中の動きも活発になってきた。他の兄弟たちも巣から出て大きく羽ばたき運動をしている。
この勢いで次々と巣立ちか!?
午前8時、ヒナたちは疲れたのか巣に戻ってしまった。
両親が様子を見に来るも、巣から出てこない。
両親は巣立ちを促すために給餌回数を減らしているのだろう。腹を空かせたヒナたちは、両親の姿を見つけると口を大きく開ける。
時々、巣から出てきて羽ばたき運動をする。反対側に向けて羽ばたきをしているが、この日は南風。これは風上に向けて飛ぼうとしているのだ。鳥は翼に風を受けることで揚力(上昇する力)を得るため、本能的な行動だろう。しかし、そっちに飛んではダメ。向こう側は他のカラスの縄張りである。
しかし、すぐに巣に戻ってしまった。その後、何度も両親が励ましに来るのだがヒナたちは巣から出てこない。
結局、この日も巣立つことなく終わってしまった。
観察3日目
5月16日、朝から小雨が降っているが風はない。信じられないことにこの日、異例の早さで梅雨入りをした。雨の降る中での巣立ちとなるが条件は悪くない。なぜなら梅雨の時期は雨が降るものの風が弱いからだ。
午前7時、一羽のヒナがアームの先端に移動した。
いよいよ飛び立つのか!?
誰もがその瞬間を待つ。
しかし・・・。
このヒナはなぜか鉄塔を歩いて登り始めた。
どうやら最上段を目指しているようだが、いったい何がしたいのか?
そして登頂に成功した・・・。
それを見たお父さんが慌てて飛んできた。巣立ちではないものの、自分のポジションを高いところに移動させるという珍現象が起きたのだ。
そして巣に残るヒナは?
あれ? なぜか巣から枝を引き抜いて遊んでいる・・・。
その時!
一段下に降りていたヒナが送電線に飛び移った!
しばらく忘れていたが、未明に巣から出たヒナだ。
そして、その勢いで飛び立った!
三兄弟のうち先陣を切ったのだ。
見事な羽ばたきで北西の方角に飛んで行った。あまりに唐突に飛び立ったため撮影が追い付かず、これは定点映像に写っていたものだ。午前9時のことである。よし! これに続いて他の兄弟たちも巣立ってくれ!
しかし、ここから膠着状態が続くのであった。
13時、時々両親が来ては近くの送電線にとまり巣立ちを促しているのだが、いっこうに飛び立つ気配はない。ヒナたちはアームの上を歩いたりストレッチしたりして、のんきな様子だ。
時々給餌に来る両親にべったりと甘えている。
登頂に成功したヒナも・・・。
そして15時、ヒナたちは疲れたというか飽きたのか、ゆっくり休憩しているようだ。まったく動かなくなってしまった。
ハシボソ夫婦も疲れているだろう。私も疲れた・・・。
そして結局、巣立ちをみないままにこの日も終わってしまった。
観察4日目
5月17日朝、疲れから少し寝坊をした私が確認したときには、ヒナたちがいなくなっていた。どうやら夜明けと同時に飛び立ったようだ。何ともグダグダした巣立ちの記録だったが、これで「完結」となるのだ・・・。
「何となく締まりのない巣立ちだったなぁ・・・」私はスッキリしない気分で機材を撤収した。だがそのあと、犬の散歩をしていた人から「カラスが歩道にうずくまっていたよ」との情報を得た。
私は急いで現場に急行した。
ここは巣がある鉄塔の真下だ。
下を見てみると・・・、
「いた!」
散歩の人が言っていた通り、歩道わきの草むらにヒナがいる! うまく飛べずに真下に不時着したのだろう。雨に濡れているが、さいわいケガはしていないようだ。
ここは歩行者が多く車も通る。危ないのでフェンスの中に入れようと抱き上げた瞬間、ヒナはすごい勢いで私の手を払いのけ飛び去った。
あの飛翔力があれば大丈夫だろう。
こうして今年の巣立ちは無事に完了したのであった。はたしてこの後、三羽ヒナが無事に揃う姿を見られるか分からないが、とりあえずは今年の巣立ちは成功である。
実に長い4日間であった・・・。
2021年5月23日 公開