カラスブログ2018年4月3日 カラスと天神様

神社

この荒れ果てた小さな神社。
元々は寺の境内にあった鎮守社であるが、 30年ほど前に区画整理のために寺から撤去され、文字通りの「神仏分離」となった。

そして移築された先では管理する者もなく朽ち果て、 解体を待つばかりである。だが、祟りを恐れてどの業者もやりたがらないのだ。

なぜならこの神社は祟り封じの天神様だからだ。



だが、近所の爺さんはやった。 無神論者は時として強いのだ。

その際、解体はしたのだが建物の一部は処分はせずに保管していた。 昔の宮大工の技術を勉強したかったのだろう。


神社

そして神社の部品は今、私の手元にある。

信仰心のある人は神主に依頼してお祓いなどをしてから処分するのだろうが、 私も無神論者であるのでそのようなことはしない。

ただ、工芸品として興味があるだけだ。


神社

使われている釘や金具の形状から、 おそらく明治時代以前のものだろう。

釘が現在の形になったのは明治時代の後期からである。


菅原道真

神社に祀られていたのはこの木像。

ご存じ菅原道真(すがわらの みちざね)である。 常に閉められた扉の中に安置されていたので、意外と状態が良い。

菅原道真とは、平安時代に実在した貴族であるが、 死後、諸々の事情により神として祀られることとなった。 しかし、それは祟り封じの天神様である。

本人も、まさか自分の死後に神格化されることなど想像もしなかったことだろう。

さらには、類まれなる頭脳の持ち主だったことから、 時を経た現在では学問の神としても祀られている。 祟り封じと学問の神という全く異なる性質を持ち合わせているのだが、 その本質はやはり祟り封じの天神様であろう。


大仏師のサイン

木像の裏にはご丁寧に作者の自己紹介がされている。

「大仏師 川口喜兵衛」とある。 住所には「皇都寺町通」とあるが、 おそらく京都の寺町通のことだろう。 「皇都」と称していることから、 天皇が在京していた時代であり、よって江戸時代のものと考えられる。

このように住所が記載されているのを見ると、 おそらく当時からこのような木像を広く通信販売していたのだろう。 なぜなら、地元の寺社相手のオーダーメイドなら 「皇都」などと仰々しく記載する意味がないからだ。


解体した神社の部品

とりあえず水洗いして積年の汚れを落とした。

神社の部品の接合部や彫刻をよく見ると、意外に造りが雑である。

おそらく、これも当時の量産品だろう。

これらの装飾をカラス小屋に取り付けて飾ろうと思う。


解体した神社の部品

梅の家紋に貼られた金箔もまだ残っている。


解体した神社の部品

これは狛犬の彫刻。

なんだかお菓子のようだ。 どこかのお土産屋で見たことがあるが、 何だったか思い出せない。


解体した神社の部品

さて、このご神体はどこに祀ろうか。

カラス小屋の中かな?


解体した神社の部品

木像をアディに見せるが、 なぜか恐れているようで距離をおいている。


解体した神社の部品

興味はあるようだが、いつもとは明らかに態度が違う。

いつもならクチバシで突きまくり破壊の限りを尽くすのだが。


解体した神社の部品

ズイっ、と近づけるも嫌がるアディ。


解体した神社の部品

たまらず逃げ出した。

ご神体が放つ不思議なパワーに圧倒されたのか?


解体した神社の部品

150年以上も暗い鎮守社内に安置され、近年はすっかり放置されていた天神様。

カラスも恐れる祟りの予感。


解体した神社の部品

いや、カラスが恐れたのは、この「眼」だ。

実にリアルで不気味な印象である。

いずれにしてもカラスが嫌がっているので小屋の中に設置するのはやめておこう。


解体した神社の部品

設置場所は小屋の正面にした。

手前に狛犬、その奥に道真公だ。


解体した神社の部品

幾度もの解体の危機を乗り越えて、ついにこのカラス小屋に辿り着いた道真公。

そしてカラスたちとの騒々しい日々を送ることとなった。




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2018年4月3日公開

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