野生のカラスを追跡して観察することは意外と難しい。 重たい望遠レンズを持ち運び、足しげく現場に通う。 だが、カラスはどれも同じ格好のため個体の特定が困難なのだ。 程なくしてどれが観察対象かも分からなくなる。
「たぶん、あのカラスだろうな・・・、」
そんな曖昧な感覚で観察を続けることになるのであった。 だがそれは、カラスの活動の一部を切り取ったものでしかなく、 観察記録としては欠陥である。
そこで、エサ台を設置して特定のカラスだけを呼び寄せることができれば、 個体を確実に識別しながら観察ができると考えた。 しかも自宅に居ながらである。
このコーナーではカラスの餌付けに成功した事例を紹介しよう。
ここでいう「餌付けの成功」とは、 エサ台に来るカラスの個体数を制御でき、尚且つ近隣住民の迷惑にならない状況を指す。
庭先の森に棲むハシボソガラスの夫婦。
彼らはハシボソガラスとしては非常に気性が荒い。
他のハシブトガラスたちを蹴散らし、
長年にわたりこの土地を独占している。
以前の私はこのハシボソガラスの夫婦に嫌われており、
敵としてマークされていた。
これは2年前のハシボソガラスの様子。
私を見つけると木の上から絶叫して威嚇する。
表情は険しく声は裏返り、まさに荒くれカラスである。
繁殖期は特に気性が荒くなり、
私の頭上に急降下しては威嚇を繰り返していた。
それだけではない。近所の生ゴミを荒らすのもコイツらの仕業だったのだ。
そんな荒くれカラスの縄張りに隣接する我が家。
だがこれは、餌付けをするには最適な状況でもある。 なぜなら、このハシボソガラスさえ手懐けたなら、 排他的な彼らが他のカラスを寄せ付けることなく、秩序を保てるからだ。
2015年。 庭にカラス専用のエサ台を設置することにした。 これが成功すれば、もう威嚇されることも無くなり、 うまくいけば生ゴミを漁ることも無くなるだろう。
なによりも、特定のカラスに的を絞って観察することができるのだ。 ハシボソガラスの日常を解明するうえでも非常に有効である。
さっそくエサ台を制作した。
角材に板を取付け、両側に止まり木を設置しただけの簡易なものだ。
製作時間はたったの3分。
はたしてあの荒くれカラスを手懐けることはできるのか?
エサ台の設置場所を家屋から離すほどカラスの警戒心は薄れるので、 様子を見ながら距離を調整した。 エサ台の高さは2m。これはノラ猫がジャンプしても届かない高さである。
エサはカラスが好むものなら何でもよいが、 ハトやスズメが食べないものにする必要がある。 小粒のドライフードにするとスズメが群がって来るので、 スズメが多い地域は工夫が必要である。 とりあえずは犬猫用のエサで良いだろう。
エサの量は、カラスが一度に食べきれる量にすることが重要である。 やりすぎると人間への依存を深めるほか、 食べ残したエサに大勢のカラスが群がる可能性もある。
エサを置く時間は朝が良い。 あるいは、カラスのゴミ漁りを止めさせたいならゴミ出しの時間に合わせるのがベスト。
エサ台を設置した当初、
警戒心の強いハシボソガラスの夫婦はなかなかやって来なかった。
それは彼らの立場で考えてみると当然だ。
「おや? 何だか怪しげなものが設置されたぞ。」
「しかも今朝、アイツが食べ物を置いていったようだが?」
「そうかぁ! 罠に違いない!」
彼らからすると私は謎の存在だろう。 そもそも、小屋でカラスを飼育していることが理解できないはずだ。 それが彼らにとって最大の疑問にちがいない。
「いつか自分たちも捕らえられ、あの狭い小屋にブチ込まれるのか?」
おそらくそんなことを感じていたはずだ。
そしてエサを置き続けること一ヶ月
ようやくエサ台に姿を見せるようになった。 毎朝、決まった時間に少量のエサを置くことで、 この二羽だけをエサ台に呼ぶことに成功したのだ。
だが餌付けに成功したといっても私に馴れたわけではなく、
人が近づくと逃げ去ってしまう。
だが、それでよいのだ。
カラスの生活を観察するにはその距離感を崩さない方がよい。
そして餌付けの成功と同時に生ゴミを漁ることも無くなり、
私への威嚇も止んだ
初夏のころには子ガラスを連れて来るようになった。
子育て中はしばらくエサ台に来なくなることがあるが、
その理由は、その間に子ガラスに自然界での採餌を教えているのだろう
親鳥はこのエサ台が子供の教育上よくないことを分かっているようだ。
~ それから三年 ~
数々のカラス模様を映してきたこのエサ台。
だがハシボソガラスの夫婦は相変わらず私とは一定の距離を保ち、 私が部屋に入るか外出するタイミングにしかエサ台には来ない。 本来の警戒心に加えて、カラスとしてのプライドがあるのだろう。
だが最良のエサ場を確保したことは彼らにとって代えがたいものだ。 生きていくためには何よりも食べ物の確保が最優先だからだ。 多少の疑念はこの際、棚上げしようということだろう。
こうしてハシボソガラスの夫婦はエサ台を中心とした強固な縄張りを築き、 近づく他のカラスを常に監視しているのであった。
とりあえず試験的に作ったこれまでのエサ台だったが、 気が付けば三年にもわたり運用していた。 一部では「晒し首の台みたいで不気味」という声もあったので、 新しいエサ台を制作した。 (作り方はこちら)
それがこのエサ台だ。
角材を三本組み合わせて中央にランプを配置した簡単な造りだ。
かがり火をイメージしたエサ台である。
上部には曲がった木の枝を配置しエサ置き場にはヒノキの板を使用した。
この湾曲した枝には考えがある。
枝に止まったカラスが家の方に顔を向けるようになっているのだ。
エサ台を狙う定点カメラを設置した。
赤外線感知センサーにより、カラスが来ると撮影が始まる。
ちなみに夜間の撮影もできるが、
カラスは夜に活動しないので写っているのは主にノラ猫と狸。
以前はこのような動物観察用のカメラは高価だったが、
近年になって中国製の模倣品が大量に出回り価格が下がった。
しかし性能はそれなりであった。
だが昨年あたりから性能も向上し始め、
まともに使える屋外カメラが安価で手に入るようになった。
これがそのカメラで撮った画像。 安物にしては上出来である。 エサ台を一点集中で撮る場合は視野角の狭いレンズを選んだ方が良い。 なぜなら広角レンズになるほど被写体の解像度が落ちるためだ。
ところで、部屋からカラスを観察するための枝の配置だったが、 定点カメラからはカラスの背中側になってしまった。
そして正面から一眼レフで撮った画像。 やはりこの位置から一眼レフを構えて撮った方が圧倒的に良い画が撮れる。 だが、部屋の窓を開けると逃げるので、窓ガラス越しの撮影となる。 そのため像質は通常よりも劣る。
このコーナーで紹介した内容は餌付けに成功した事例である。
一般論として野生動物にエサを与える行為も褒められたものではない。 野生動物としての本来の採餌能力が衰え生態系にも影響を与えるからだ。 しかし、街にいるカラスの場合はすでに野生本来の生態系にあるとは言えない。 だから今さら心配することではない、 というのが私の考えである。
さらに餌付けにはメリットもある。 この事例のように、ゴミ漁りや威嚇行動の抑止に効果がある他、 特定のカラスのみを餌付けすることでエサ台を中心とした排他的な縄張りを形成し、 他のカラスが寄って来なくなるのだ。
ただしそれは、餌付けがきちんと制御できている場合の話である。 腹を空かせたカラスたちが大挙して押し寄せ、 制御できなくなった場合は別の問題が生じる。 そんな時は餌付けは中止すべきである。
2018年5月8日改訂版を公開 改訂前はこちら
2016年12月3日公開