知らない街へ旅したとき、いつも出迎えてくれる黒い鳥。それがカラスである。 日本国内のどこへ行っても出会える動物だ。
このコーナーではそんなカラスたちの生態を、他には無い独自の視点で解説しよう。
日本の市街地で見かけるカラスは、ハシブトガラスかハシボソガラスのどちらかだ。 一般的に表現される「カラス」とは、この両種を区別することなく指す通称である。
彼らは元来、ハシブトガラスは森に棲み、 ハシボソガラスは河原や海辺など見通しのよい場所を住処にしていた。 彼らは自然の生態系の中で、他の動物たちと共存していたのだった。
そんな中、近年の都市開発により森は切り開かれ、多くの動物は安住の地を追われた。 だがしかし、カラスたちは違ったのだ。彼らは逃げるどころか要領よく人間社会に溶け込み、 その中には都市を活動拠点にするグループまで現れたのである。 特にハシブトガラスは現在、都市の中心部にまでその活動範囲を広げている。
名前の通りクチバシが太い方(左)がハシブトガラスで、細い方(右)がハシボソガラスである。 この両種は容姿から行動まで非常によく似ているが、完全に異なる種であり雑種は存在しない。
ハシブトガラスとハシボソガラスの違いについては、 ハシボソ?ハシブト?をご確認を。
ハシブトガラスとハシボソガラスの分類学上の位置づけは、
大まかに言うとスズメ目、カラス科、カラス属に分類される。
「スズメと一緒なの?」と思うかもしれないが、
1億年以上前に爬虫類から進化した鳥類は、
哺乳類よりもはるかに歴史が長く種分化の過程も非常に複雑である。
その中でもカラスが所属するスズメ目は最も進化が進んだグループであり、
その中の多くは遥か昔に分かれて独自の進化の道を歩んできたのだ。
そのため、互いに外見や習性も全く異なるものとなっている。
よって、カラスがスズメ目だからスズメに似ているなんてことは全くないのである。
ハシブトガラスとハシボソガラスについては、彼らがいつどこで種分化して別の道を歩んだのか、 正確なところは分からないだろう。 だが遥か昔、袂を分かつまでは同じ種だったのだ。
分類学とは、 大雑把に説明すると生物の骨格や器官の構造などから種分化の過程を遡って類推する学問分野である。 特に鳥類においては種分化が複雑で興味をそそるものであり、その研究の歴史は長い。 そして、その内容は考古学のようにロマンあふれるものであった。 だが、近年の分子生物学的な解析手法の導入により分類精度を高めた反面、 現実的でシビアなものになった。
街の風景にすっかり溶け込んだカラス。 当たり前すぎて今さら疑問も湧いてこないかもしれないが、 彼らをじっくり観察すると意外な素顔が見えてくる。
このコーナーでは、ハシブトガラスとハシボソガラスに共通する特徴について紹介しよう。
左は縄張りを侵犯されて激怒しているところ。右はリラックスして機嫌が良いとき。 両方とも同じ個体だが、一日を通して機嫌の変化は激しい。 縄張り意識が強く、飛来する他の鳥に攻撃を仕掛けて追い払う。 子育て中は特に気性が荒くなり、危機が迫ると相手が人間でも容赦なく威嚇する。
ゴミ捨て場でゴミを漁る場合においても、
事前の安全確認は欠かさない。
たとえ空腹だとしても、エサ場に異変を感じると絶対に降りてくることはなく、
しばらくは様子を確認している。
そして、この慎重さこそが長生きの秘訣と言える。
また、両眼の視野角は他の鳥と同様に非常に広く、斜め後ろまで見える。
そのため路上で車に轢かれることも少ない。
カラスは縄張り内の人間や動物を詳細に観察している。
自らにとって危険な人物か無害な人物かを判別し、
危害を及ぼす人間に対しては、その行動を遠くから監視していることがる。
時に鉄塔から、またある時は木の上からあなたを見ているのだ。
カラスに精通した人間にとっても、この「尾行」を見抜くことは不可能に近い。
そして、監視対象の人間については乗っている車にいたるまで把握しているのだ。
たとえ車を買い替えても、しばらくするとカラスの認識もアップデートされている。
カラスは成長すると相手を見つけ夫婦になる。 そして何年も離れることなく行動し毎春、子育てをする。 夫婦は普段は縄張りの範囲内で互いに少し離れて活動し、危険が迫ると鳴き声で知らせたり、 協力して外敵を追い払ったりもする。 こうして絶対的な信頼関係のもと協力しあって生きているのだ。
子育て以外の季節も二羽で行動しているが、
これは夫婦愛というよりも信頼関係のある二羽で協力した方が生きる上でリスクが少なく、
効率よく餌を取れるためと考えられる。
右の画像はハシボソガラスの夫婦。
左が雄で右が雌。
交尾を終えたばかりのこの夫婦はぴたりと寄り添い仲が良く見える。
だが、こんなに仲が良いのは発情期だけである。
この画像は、ハシボソガラスの夫が妻を蹴り飛ばす瞬間を捉えた貴重な一枚である。
発情期以外のカラスの夫婦は特に仲が良いわけではない。
注意深く観察してみると夫婦間の力関係は対等ではなく、
エサを食べる順番が決まっているなど微妙な上下関係があることが分かる。
これはカラスに限らず、自然界の動物において全く対等な関係などは存在しないのだ。
残飯を喜んで食べている姿を見ると食通とは程遠い印象であるが、 何でも好んで食べるのかと思いきや、実は非常に味覚が鋭い。
カラスは新鮮な肉類を好む。 それには「本能的に赤色を好む」という説があるが、それは間違いである。 今まで食べて旨かった肉が赤色だったので、結果的に赤い食材を求めるのである。 つまり本能が赤色を求めるのではなく、 記憶が赤色を求めているのだ。
カラスがゴミを漁った跡は非常に散らかっているが、 これはゴミを全部ひっぱり出してから、食べられるものを取捨選択するからだ。 食べられるか?危険か?の判断はまず目視で色、艶、形から判断し、 最後は鋭い味覚で判定するのだ。 特に初めて食すものには非常に慎重だ。 まず咥えて舌で入念に確かめてから食べる。 つまるところグルメというよりも、危ない食品を避けるために身についた危険回避能力だろう。 カラスに限らず雑食性の動物は一般的に味覚が鋭いと言える。
そして、この雑食性こそが生物としての優位性を高めているともいえるのだ。
特定の食材のみに頼る動物は、その食材が無くなった時点で命は尽きる。
だが、雑食性であれば代わりのものを見つければよいからだ。
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河原などでカラスを観察していると時々、遠くで水浴びする姿が見られる。
だが水浴び中は警戒心が高まるため、
その姿を見られたくないようでカメラを近づけることが難しい。
画像は飼育しているカラスが水浴びしているところ。
人に慣れたカラスでもあまり水浴びを見られたくないようだ。
飼育環境下のカラスにおいて、水浴びは一日平均2回。
真冬でも全身、頭まで水に浸ける。その間15秒くらい。
そのためカラスはまったく体臭がしない。
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真夏の昼間。そこに普段と異なる状況を感じないだろうか?
そう、カラスがいないのである。
実はカラスは暑いのが苦手なのだ。
右のカラスは口を開けたままにしているが、
これは熱を放出させるための行動である。
真っ黒な体に太陽光を一身に受ければそれは暑かろう。
そこで犬と同じで口を開けて汗を飛ばすのだが、
この時、木の下にいるとカラスの唾液というか汗が落ちてくる。
暑さに弱いと言っても熱中症で死んでしまうほどでもなく、
こうして口を開けながらうまくやり過ごしているのだ。
逆に寒さにはとことん強い。
雪が降る中でも平気で水浴びをし、とても活動的である。
このようなカラスの性質を観察していると、
カラスのルーツは北の寒い地方にあるのではないか?と、考えさせられる。
日本中、どこにでもいるカラス。 山奥から海辺、離島、里山、そして都心に至るまで姿を現す黒い鳥。 その生息域の広さは雑食性が主な理由であるが、 それとともに身体的な適応能力が優れている証でもあるのだ。
それでは、カラスのどこにその秘密があるのか? カラスの身体能力を探っていこう。
カラスは他の鳥類と違い、飛び方が多彩である。
垂直方向に離陸したり、また急減速、
そして鋭角な旋回などのアクロバット飛行が得意だ。
さらに風切音を抑えて飛ぶことも可能であり、
気が付くとヌラーっと背後にカラスが迫っている、ということも多々ある。
さらに右の画像のように、飛翔中においても足を器用に使うことができる。
これはハイタカとハシブトガラスの空中戦の様子である。
加速力とトップスピードではハイタカにまったく及ばないが、
広い翼面積がもたらす旋回能力ではカラスの方が上である。
そして、画像をよく見るとハイタカは首を振って視野を移動しているのに対して、
カラスは首をあまり振らない。
これは視野角の違いによるものだ。
カラスは飛んでいるときも斜め後ろまで見えているのに対して、
猛禽類は獲物を両眼視することに特化しているため視野が前方に寄っているのだ。
空中戦において広い視野は非常に有利である。
後ろを取られる前にこのように急旋回でかわすことが可能になるからだ。
飛翔速度が大幅に劣るのに猛禽類と互角の空中戦を展開できる理由は、
視野の広さと旋回能力にあったのだ。
ゴミ漁りをしている姿をみると何ともドンくさいイメージがあるが、
実はカラスの飛翔能力は総合的に見れば相当に高いのである。
カラスは猛禽類ほどではないが屈強な足と爪を持っている。
掴む力は意外に強く、ネズミくらいの小動物なら絞め殺すことも可能だろう。
攻撃の際は猛禽類と同様に主に足を使う。
画像はハシブトガラス。
クチバシの先端が下に曲がっていて動物の肉を引き裂くのに適している。
噛む力も強く、
これに本気で噛まれると皮膚にざっくりとV字の傷が付き流血の事態となる。
そして先端が欠けると、再び爪のように伸びてくる。
カラスのすごいところは、
噛む力というよりも物を咥えて引っ張る力が異常に強いことだ。
クチバシで咥えて足で踏ん張り引っ張ることで相当な重量の物を動かすことができる。
大型動物の死骸から肉を引きちぎるために発達したと考えられる。
そして猛禽類と違い、長く尖ったクチバシが攻撃の道具にもなる。
空中での足技に加えて、地上では主にクチバシによる「突き」が武器となるのだ。
その長さも絶妙であり、まるで手のように器用に使うこともできる。
カラスはのど袋にエサを溜めることができる。
この袋の部分は薄くてよく伸びる丈夫な皮膚でできており、
リスの頬袋のように餌を蓄えることができるのだ。
一度に食べきれない食べ物はこうしてのど袋に納める。
そして安全なところに運んで吐き出してから改めて食べるのだ。
それでも余るほどのエサにありついたときは、
のど袋いにれて運んで誰にも見つからない所へ隠す。
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「カラスは賢い」 昔から良くも悪くもそのように評価されている。それでは、その実力はどれほどか? いくつかの例を挙げながら紹介しよう。
カラスには食べ物を隠して貯蓄する習性がある。 後日、腹が減った時のための保存食だ。 だが、同じ小屋で二羽を飼育すると、食べ物の隠し場所はバレバレである。 そこでこのカラスは、給水装置の奥に食べ物を押し込むことにした。 こうすることで相手に取られることは無い。だが自分も取り出すことができないのだ。 そこで彼は、私が給水装置の前に来たタイミングでボトルを叩いて合図をすることにした。
私はその合図を見て給水装置を小屋の内部に繰り出す。
そして、相方のカラスが後ろで見守る中、悠々と食べるのである。
人間を都合よく利用する一例である。
カラスは他所の縄張りのカラスと敵対することもあるが、
逆に連携することもある。
この画像は、ハシブトガラスに縄張りを横取りされたハシボソガラスが、
周囲のハシボソガラスを集めて反撃に出た時のもの。
他のカラスにどのように状況を伝えたのか不思議である。
我々人間には感知できない手段でコミュニケーションをとっているのは確実であるが、
それが鳴き声によるものか、はたまたエスパーのような通信能力であるかは不明である。
あらゆる鳥の中で、特にカラスはペットとして最適である。
ヒナのころから飼育すれば非常に懐くのは当たり前で、
さらに巣立ち後の幼鳥期から飼育してもよく馴れる。
知能が高く人間ともある程度のコミュニケーションがとれるからだ。
さらに、ある程度の躾は素人でも可能であり、飼育は難しくはない。
だが、個体差が非常に大きく、全てに当てはまるわけではない。
関連記事:「カラスの性質」
鏡像認知とは、鏡に映る自分の姿を「自分自身である」と、認識できる能力の事である。 人間以外でこれができる動物は極めて少なく、一部の霊長類などに限られる。
カラスに等身大の鏡を見せて実験をしてみる。 すると一見、鏡を気にしていないように見えるが、 状況を完全に理解できずにストレスをためるのだ。 あくびをしたり、自分の毛をむしったりして気分を紛らわす。 この状態では鏡像認知ができているとはいえないが、 もう少し訓練すれば鏡像認知が可能になると思われる。
だが、右の画像のように鏡を水平に置いたとたん、鏡の中の世界を全く気にしなくなる。
これは自然界にある水面と関係しており、
水面に映るのは自分の姿だということは、訓練をせずとも認識できるのである。
関連記事:「カラスの鏡像認知」
鳥は進化の過程でそれぞれの環境に合わせて能力を高めてきた。 それは主に食料を確保するための能力だ。 水鳥ならば水中で魚を捕えるための足ひれとクチバシ、 鷹は小動物を追跡するための卓越した飛翔能力と強靭な爪を獲得した。 だが、そのように目的に特化した身体は少なからず他の能力を犠牲にしている。 水鳥は防御力や攻撃力に劣り、 鷹は並外れた運動能力を支えるエネルギーとして生餌が欠かせない。
ではカラスは・・・?
大型鳥の割には俊敏で多彩な飛翔能力、ネズミ程度の動物を仕留める攻撃力。 危険回避能力、そして人間を上回る記憶力、仲間との協調性。 そして極めつけは雑食性がもたらす比類なき生存能力である。 これ以上にバランスのとれた鳥は他に存在するだろうか?
まさに欠点の無い鳥類の理想形と言っても過言ではない。
2018年3月3日 2018年改訂版を公開 改定前はこちら
2016年12月3日 公開