無事に巣立ったハシボソガラスの子供たち。 その後、この家族は池の東の畔に縄張りを移し、 そこで子ガラスの飛行訓練をしている。
時々、子ガラスの甘えた声は聞こえてくるが、 その姿は一向に見せない。
子ガラスが十分に飛べるようになるまでは、 縄張り内の狭い範囲で練習をさせているのだ。
だが四六時中、親鳥と一緒に過ごすわけではない。
こうして両親だけで我が家の庭に遊びに来たりするのだ。
その間、子ガラスは縄張りでお留守番・・・。
毎朝の恒例となった、アディからお父さんへのハンバーグの献上である。
この間、子ガラスたちはどのように留守番をしているのか?
この隙に森で待っている子ガラスを見に行ってみよう・・・。
やっぱりここだ、同じところにいた。
池の畔から少し森の中に入った目立たない場所だ。
落ち着きなく、周囲の様子を見ている。
私の存在に気が付いているはずだが、 まだ、人間を危険な存在とは認識していない様子だ。
近くの枝を移動したりはするが、どこかへ飛んで行くことはない。
おそらく、ここで待つように躾けられているのだろう。
ところで、いつ見ても子ガラスは一羽しかいない。 もう一羽の子ガラスはどうしたのだろうか? やはりあの末っ子は鉄塔からの巣立ちに失敗したのだろうか。
だとすると残念だが、これが鳥の世界の厳しさである。
成長の遅い奴は淘汰されるのだ。
遠くに聞こえるお父さんの声に反応し、キョロキョロしている。
両親が戻ってきた。 すごい剣幕で私に怒っている。
そしてそれを見た子ガラスが飛び立った。
するとすぐにお父さんが後を追い、子ガラスの先に回り込む。
子ガラスの進路を遮るように飛び、行動範囲を制限するのだ。
子ガラスはお父さんの命令に忠実である。
それから数日後、ついに我が家の庭にも子ガラスを連れて来た。 徐々に行動範囲を広げているようだ。
だがやはり、子ガラスは一羽のみだ。
一同に集まった家族を見た私は、
「末っ子は巣立ちに失敗して死んだ。」と、確信した。
が、しかしその翌日・・・。
遠くの電柱にハシボソ夫婦と子ガラスがとまっている。
あれ? 数が多いな・・・。
「一羽、二羽、三羽・・・、」よく見ると4羽いるではないか!
「末っ子よ! ワレ、生きとったんかいっ!?」
末っ子(子2)は口を大きく開けて両親に甘えている。 下にいるの(子1)がおそらく最初に巣立ちした長男だ。
カラスの子供は成長の度合いにムラがあり、 たいていの場合、遅れて巣立った末っ子がこうして親にべったり甘えるのだ。 人間社会でも同じようなものだ。
そして成長の早い方は少し離れた場所にいる。 だから今まで見落としていたのだろう。
末っ子が飛ぶ練習をしている。
今日は電柱の周囲を行ったり来たり。 離着陸の練習のようだ。
エサは親鳥からもらっているので、 捕食の練習はまだこれからだ。
家族の様子を近くで見たいと思った私は、 後日、再び森に足を踏み入れた。
出迎えてくれたのはお父さん。
私に気付き、警戒音を上げる。
お前と私は顔見知りだから良いではないか? と、言いたいところだが、 子育てに関しては妥協は許さないのだ。 人間が怖い存在だということを、こうして子ガラスにしっかりと叩き込む。
しかたないので、遠くから森を見渡せる場所を探し観察することにした。
ここから家族の縄張りが見える。
80mくらいはあるが、先日の電柱よりはマシな距離である。
ここで姿を現すのを待つとしよう。
待つこと数十分、家族全員で姿を現した。
やっぱり長男は少し離れた場所にいる。
末っ子は両親の目の前で「ビャー、ビャー」と甘えた声を出している。
末っ子と両親だ。
長男は常に距離をとって行動しているので、 4羽集合の家族写真はなかなか撮れないのだ。
こちらは長男。
今日で巣立ちから早くも三週間が過ぎた。
おそらく、あと2ヶ月くらいで親離れの時を迎えるだろう。 親離れといっても子ガラスが自発的に独立するのではなく、 一方的に縄張りから追い出されるのだ。
子ガラスにとっては、巣立ちに続き二度目の試練である。 さらにそれからは、孤独な冬を乗り越えなければならず、 まさに生涯最大の試練を迎えるのである。
そしてそれを乗り越えたものだけが、 立派なカラスになることを許されるのだ。
この子ガラスたちはまだ、それを知る由もない。
2017年6月25日公開