9月1日、札幌の公園でカラスが集団で死んでいるのが確認された。 このニュースはネットで配信され大ききな話題を呼んだので目にした人も多いだろう。 しかし、カラスに限らずムクドリやスズメなど群れで行動する鳥の集団死は特に珍しくはない。 群れで行動するメリットが多くある一方、デメリットもあるのだ。 その最たるものが感染症の蔓延だろう。
鳥はその行動範囲の広さから人獣共通感染症を媒介する可能性がある。 そのため野鳥の集団死には行政や研究機関も大きな関心を寄せているのだ。
しかし、カラスの場合は事情が異なる。 この20年間で集団死したカラスの死亡原因について下の表にまとめた。
カラスが集団死する原因は毒殺が多い
これを見るとカラスの場合は感染症よりも毒物の摂取による死亡が多いことがわかる。 特に2006年に秋田県で起きたカラスの集団死に注目してみよう。
このときは一度に89羽ものカラスが死んでいたのだが、この原因はネズミを駆除するための毒薬であることが判明している。 「農家がネズミ駆除のために仕掛けた殺鼠剤入りのエサをまいたのか」と言われているが、本当に目的はネズミの駆除だったのだろうか? 私はカラスを狙い撃ちにしたのではないかと疑っている。 なぜなら「カラスが毒餌を食べた」ということは上空から見えるところに毒餌を置いたということだからだ。 ネズミを狙うならそのような開けた場所よりもネズミが通りそうな場所に置くはずだ。
その他にもカラスを狙った毒殺事件が多く起こっているのは表のとおりである。 この表にあるもの以外にもカラスの集団死は多いが、原因が判明しているものは少ない。 おそらく鳥インフルエンザの陰性を確認したら調査を終えることが多いのだろう。 その理由は毒物の分析や病理検査はコストがかかるからだ。 生きているカラスなら検便で暫定的な診断も可能だが死んだ後にはそれはできない。 臓器を摘出して胃の中の毒物を分析し、感染症については菌やウイルスの検出を試みる。 しかし、病原菌が検出されたとしても、それらは動物の死体には普通に存在するので感染の証明にはならない。 これの証明には、生前に炎症が起きていたかどうかを病理学的に判定する必要があるのだ。
そして冒頭の札幌の件だが、あの報道に疑問を持った人は多いだろう。 なぜなら事件初日に毒物検査もしないうちから「生ごみによる食中毒が原因」と断定的に報道されていたのだ。 もちろん、食中毒が原因の可能性もあるが街中でカラスが大量死した場合、まず最初に毒殺を疑うべきだろう。 報道を見ると、同じタイミングで5羽が死んでいて残る一羽が苦しそうに地面にうずくまっている。 食中毒にしては死ぬタイミングがそろいすぎている点が気になるのだ。
カラスも食中毒になるの?
記憶に新しいのは2015年の冬に埼玉県で発生した大規模なカラスの集団死だ[6]。 半径20kmの範囲で短期間に集団死が発生し、その合計は138羽にのぼった。 この時は行政や地元住民の関心の高さから様々な検査が行われた。 化学的な分析と病理学的な検査を同時におこない、その結果ウェルシェ菌による腸炎という結論に至ったのだ。
ウェルシェ菌というのはそこらに普通に存在する菌だが、食中毒の原因にもなる。 通常は重症化することはなく、健康な人が感染しても腹痛やその他の症状を経て短期間に快復するものだ。 カラスの場合はどうかというと、カラスはある程度の腐肉食への耐性があるため他の鳥よりも食中毒のリスクは低い。 健康なカラスであれば死に至るような食中毒を起こすことはないのだ。 それなのになぜ、138羽ものカラスが死んだのか? 「ウェルシェ菌による腸炎」という死因は分かったのだが、そこに至った原因は謎のままである。
生ごみを漁って感染したという説もあるが、この場合は違うはずだ。 なぜなら菌で汚染された生ごみが138羽分も一度に提供されることがあり得ないからだ。 最初に感染した個体からの排泄物による二次感染もあるかもしれないが、さすがにそこまで効率よく感染することはないだろう。 そうなると同じものを集団で食べたことの方が可能性が高い。
そのときの状況を想像してみよう。
季節は冬、タンパク源になるような餌に乏しくカラスたちが極度の空腹に耐えていたそのとき、大型動物の死体を発見。 だが、そいつは限界を超えた死臭を発し腐乱している。「俺たち屈強なカラスだけど、さすがにこんなのを食っても大丈夫か?」 しかし空腹に耐えかねた一羽が死体を食べ始めると、皆も後に続いた。 そして、先日までの飢えで免疫が低下した体に大量のウェルシェ菌を送り込まれ、強力な胃液に耐えた菌の集団は腸に到達。 屈強なはずの免疫系は予定通りに働かず菌は次々と防御網を突破、ついには感染を許してしまったのであった・・・。
以上、勝手に想像してみたが真相は藪の中である。
1)Yoshiji Asaoka, Fatal necrotic enteritis associated with Clostridium perfringens in wild crows (Corvus macrorhynchos). (2004).
2)「山形でカラスが大量死/ネズミ駆除の毒餌で」SHIKOKU NEWS, 2004年3月11日(最終閲覧日:2020年9月5日)
http://www.shikoku-np.co.jp/national/science_environmental/20040311000360
3)安田正明: タリウム中毒による野鳥の死亡例(2007).
4)「No.1580 死亡カラスの検査」国立保健医療科学院, 2016年06月09日(最終閲覧日:2020年9月5日)
https://h-crisis.niph.go.jp/?p=84252
5)「横浜カラス大量死 胃から薬品検出」日テレニュース24, 2013年05月02日(最終閲覧日:2020年9月5日)
https://www.news24.jp/articles/2013/05/02/07227907.html
6)北島 絵理子: 県内各地で斃死した野生カラスの病性鑑定事例報告(2015).
7)「福島のカラス大量死、胃から殺虫成分 近くの油揚げにも」朝日新聞DIGITAL, 2015年12月29日(最終閲覧日:2020年9月5日)
https://www.asahi.com/articles/ASHDY36R4HDYUGTB001.html
8)「カラス大量死、新たに20羽発見 都内の公園 病気の可能性も」産経ニュース, 2017年3月25日(最終閲覧日:2020年9月5日)
https://www.sankei.com/affairs/news/170325/afr1703250033-n1.html
9)「カラス大量死、パンから農薬 北本の団地で20羽 /埼玉」デジタル毎日, 2017年5月3日(最終閲覧日:2020年9月5日)
https://mainichi.jp/articles/20170503/ddl/k11/040/146000c
10)「カラス大量死 陸鳥初、インフル集団感染」デジタル毎日, 2018年4月12日(最終閲覧日:2020年9月5日)
https://mainichi.jp/articles/20180412/k00/00e/040/261000c
2020年9月6日 公開