全身まっ黒のカラスたちだが、太陽光のもとで見ると青色や紫色の光沢が見えることがある。特にハシブトガラスの方が顕著に青紫色を示すが、ハシボソガラスでも同様の現象は見られる。このように、光が当たる角度などの条件がそろった時に見える色は、色素ではなく構造色によるものだ。
構造色を理解するには、その前に色彩の基本を知る必要がある。我々が目で見ているものは全て、物質から反射した光を網膜の視細胞で捉えているのである。光とは電磁波の一種であり、一定の周期をもった波として表わされ、電子線やX線などの短い波長からラジオ波のような長い波長のものまである。
そのなかで約0.4μm(400nm)から0.7μm(700nm)までの波長は可視光線とよばれ、我々の目には色として見ることができる。電磁波はエネルギーをもっており、その刺激を受けた網膜の視細胞が色として感知するのだ。
太陽からの光には様々な波長が混ざっているが、それが物質に入射したときに吸収、散乱などが起こり選択的に反射した光が色をもつのだ。ごく簡単にいうと、例えば青色の物体は入射した光のうち0.45μm(450nm)前後の波長だけを反射し、その他の波長を吸収するため青色に見えるのだ。
通常の色が特定の波長を反射することで発色していたことに対し、構造色は全く仕組みが異なる。構造色とは、物質に入射した光が物質表面付近の微細構造によって散乱や回折、干渉することによって生じる色のことである。それらの現象は角度に依存するため、光の当たる角度によって色が変化するのだ。例えばシャボン玉が虹色にキラキラと輝いて見えるのは、薄膜干渉によるものだ。
光の波長程度の厚さの薄膜に光があたると、一部は表面で反射し、一部は薄膜の内部で特定の角度で向きを変える(屈折)。そして薄膜の裏面でさらに反射を繰り返し、波長の増幅や打消しが起こり(干渉)、様々な色を生み出すのだ。さらに、屈折率の異なる薄膜が多層構造になると、透過した光はそれぞれの界面で屈折、反射し複雑な色を生み出すのである。
自然界において構造色は特に珍しいものではなく、そこらで目にすることができる。特に鳥類や昆虫のなかには構造色をもったものが多く存在する。コガネムシの金属光沢やキラキラと輝くミドリシジミの翅などは、構造色によるものだ。それらの構造色は原理が非常に複雑であり、これまでに多くの科学者によって研究され、学問分野のひとつとなっている(参考文献1)。
タマムシは構造色をもった昆虫の代表だろう。見る角度によって、鮮やかな金色やグリーンの輝きを放っている。この派手な色彩は、色素によるものではなく全て構造色によるものだ。
昆虫は体内に骨格をもたず、代わりに固い外皮で覆われている。蟹の甲羅と同じ「キチン」という物質がタンパク質と結合した頑丈な構造である。この固い殻の内部に構造色の秘密があるのだ。
それでは、翅を切断し内部構造を電子顕微鏡で観察してみよう。
翅の断面を電子顕微鏡(TEM)で観察すると、表面(画像上)から明るい層と黒い層(メラニン)が多層になっている。それらは非常に薄く屈折率も異なるため、光の多層膜干渉を起こすのだ。先程の薄膜干渉で説明した通り、翅に入射した光は各層の界面で規則的に屈折、反射を繰り返し特定の波長を増強させて構造色を発する。つまりあの鮮やかなタマムシの翅色は、表層のわずか約1.5μmの多層構造によるものだったのだ。
黒い層はオレンジ色の部分では6層、緑色の部分は7層であった。層の厚さも異なるので計測してみよう。
測ってみるとわずか0.01μm程度の差しかないが、光の波長はそのレベルで色が変化するので、これらの差が異なる色として現れるのである。これについては国内の研究者によって解明が進んでいるので、興味のある人は論文を読んでもらいたい(参考文献2)。
さて、本題の「カラスの構造色」について探っていこう。タマムシや孔雀に比べたら非常に地味であるが、カラスたちもまた、構造色をもっているのだ。
これはハシブトガラスの風切羽だ。太陽光のもと角度を変えながら観察すると、部分的に青紫色の光沢が現れる。これも立派な構造色なのだ。
風切羽は複雑な構造だが、いったいどの部分が青く見えるのか?
まずは実体顕微鏡で風切羽の表面を拡大してみよう。
風切羽の表面を拡大すると、中央の太い軸(羽軸)から非常に細い繊維(枝軸)が伸びて羽弁を形成していることが分かる。そして、様々な角度から光を当ててみると、ある方向から光を当てたときに羽弁の微小領域が青く反射することを確認した。
さらに拡大すると毛羽立った繊維構造が並んでいる様子が見えるが、これは小羽枝(しょううし)という羽毛を構成する最小単位の構造である。青く反射している部分は、小羽枝の先端のみであることが確認できた。
風切羽を裏返して観察しても青く見える部分は無い。裏側が青く見えない理由は、表側に見えていた小羽枝の先端部分は裏側からは隠れて見えないからだ。
表側の青く反射する部分を電子顕微鏡(SEM)で拡大すると、小羽枝が途中で180度ねじれていることが分かった。
分かりやすくするために、一本の小羽枝を模式図で示した。このように小羽枝の中央付近で180度ねじれているのだ。そして青く見える部分はねじれた先の方である。
図の部分で切断し、内部を観察してみよう。小羽枝の根元と先端の内部を観察すれば違いが見つかるはずだ。
それぞれ四角で囲った部分の断面を電子顕微鏡(TEM)で観察した。小羽枝の内部に無数の黒い粒子が見えるが、これはメラニン顆粒という微粒子で、我々の毛髪にも存在するものだ。メラニン顆粒にはいくつかのタイプがあるが、その成分と量によって茶色や灰色、黒色を生み出すことが知られている。カラスが黒く見える理由は、羽毛にメラニン顆粒がびっしりと詰まってるからだ。
さて、上の二枚の電子顕微鏡写真をよく見ると、あることに気が付くだろう。
そう、小羽枝先端の青く反射していた部分は、表面の直下にメラニン顆粒が規則的に整列しているのだ。それに対して根元の部分はメラニン顆粒が奥の方にあり、配置も乱れている。
次に縦断面を観察してみよう。
すると、先程までは球形に見えていたメラニン顆粒が、実際は円筒形ということが分かる。そして円筒形のメラニン顆粒が隙間なく表面を覆い、表層の直下に規則的な層を形成しているのだ。
メラニン顆粒のサイズは多少のバラツキがあるが、概ね長さ1.5μm、幅0.25μmの円筒形である。小羽枝の表面には0.07μmの層が確認できるが、これはエピキューティクルという構造で、ケラチンというタンパク質で構成され、表面を覆う保護層としての役割をもつ。
立体的に図で表すと、小羽枝先端部の表層直下にメラニン顆粒が規則的に並び、層を形成していることが理解できる。
メラニン顆粒が規則的に並んだ状態のとき、入射した光は回折・散乱・干渉し様々な構造色を生み出すのだ。孔雀の派手な色彩もメラニン顆粒の特徴的な配列によることは、すでに知られている(参考文献3,4)。孔雀の羽毛のメラニン顆粒はもっと細長く、結晶格子のように規則的な配列となり、あのような色彩を生み出しているのだが、カラスの場合はそのように凝った構造ではない。
カラスの場合、小羽枝に入射した光はほとんどが内部のメラニン顆粒により吸収されるため、カラスの羽は基本的に黒色に見えるのだ。しかし、一部の光は小羽枝の表面で反射し、また、一部は整然と並んだメラニン顆粒層の表面で散乱、回折し一定の角度になったときに波長が増幅し、青紫色の構造色を発するのだ。
一方、小羽枝の根元ではメラニン顆粒の配置に規則性はないため、構造色を発することがないのだ。構造色は光の波長程度の大きさの構造が規則的に並ぶことによって生じる現象であるため、規則性が無ければ構造色を発生させることはないのである。
ここで興味深いことは、人間がカラスを見たときとカラスが互いを見たときでは異なる色に見えているということだ。
可視光線の波長領域は概ね0.4μmから0.7μmである。人間の色覚で見える最も短い波長は0.4μm(紫色)が限界で、その先の近紫外線領域の色(図中の謎の色)を見ることができない。だが、カラスはその「謎の色」の波長まで見ることができるのだ。
しかし、紫外線カメラを用いれば謎の色の領域まで可視化することができる。紫外線カメラとは、可視光の波長をフィルターで除去し、近紫外線の波長だけを写すことができるカメラである。残念ながら、このカメラでも紫外線の色彩までは表現できずモノクロ画像となる。
冒頭の風切羽を太陽光の元、紫外線カメラで観察してみよう。
ただの黒色に見えるが・・・?
羽の角度を変えた瞬間、全体が白く変化した。紫外線カメラは紫外線を反射した部分が白く見えるのだ。そして、光の角度などの条件が揃ったときに色が変わる現象、そう、これは紫外線領域の構造色を持っているということなのだ。
それでは、このカメラで実際にカラスを撮影してみよう。
写っているのはハシボソガラスの雄だ。左の通常のカメラで見ると風切羽が濃い青紫色に見える。
同じ状態を紫外線カメラで見ると、通常のカメラで青く見えていた部分は、より明るく写るのだ。紫外線カメラで明るく(白く)見えるということは、紫外線を反射しているということである。ちなみに、エサ台の支柱が通常のカメラでは白く写っているが、紫外線カメラでは暗い灰色になっている。これは木材保護用塗料が紫外線を吸収するために、このように見えるのだ。
それでは、カラスが互いを見たときに、いったいどのような色に見えているのか?
通常は我々と同様に黒色のカラスに見えているはずだが、太陽光の元で条件が揃ったときに、より鮮やかな色彩として見えているはずだ。それは、青紫色に近紫外線の色を足した混色が見えているのだ。しかし、それがどんな色彩なのか、我々人間には想像もできないのである。
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<この記事を引用する際の注意>
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1)木下修一 著,『生物ナノフォトニクス 構造色入門』朝倉書店,2010年
2)Hariyama T., Hironaka M., Horiguchi H. and Stavenga D.G. The leaf beetle, the jewel beetle, and the damselfly; insects with a multilayered show case. In Structural Color in Biological Systems - Principles and Applications (ed.Kinoshita S.) Osaka University Press, 153-176, 2005
3)Durrer, H. 1977. Schillerfarben der Vogelfeder als Evolutionsproblem.Denkschr. Schweiz. Naturforsch. Ges. 14: 1–127 (inGerman).
4)Yoshioka S & Kinoshita S (2002) Effect of macroscopic structure in iridescent color of the peacock feathers. Forma 17: 169-181.
2023年9月14日公開