カラスは人間よりも色彩感覚が優れている。 それは人間には見ることのできない近紫外線領域の波長を見ることができるためだ。 人間が赤、緑、青の三原色の組み合わせで色覚を得ているのに対し、 カラスはそれらに紫外線を加えた四原色の色覚を持っている。 カラス以外にも多くの鳥類や爬虫類は四色型色覚であり、 太陽光のもとで彼らが目にする風景は非常に豊かな色彩であると考えられる。
それではいったい、彼らの目に映る色彩はどのようなものだろうか?
太陽からは紫外線や赤外線など様々な波長の電磁波が降り注いでいる。 これらの電磁波のうち、人間の眼で捉えることのできる波長を可視光線という。
電磁波の波長は右の図のように表されるが、 実際にはこのように線を描いて進行するわけではないだろう。
規則的な特性をもったエネルギーだと思ってもらうと分かりやすい。
太陽光を右の画像のような透明の三角柱に当てると虹色の光が現れる。 これは入射した太陽光が波長ごとに分離されたものである。
それを分かりやすく表すと下の図のようになる。
長い波長の側から赤、緑、青と波長が短くなる。 そして紫よりも短い波長が近紫外線(図中に灰色で示した領域)である。 カラスたちはその領域まで見ることができるのだ。 人間の場合、多少の個人差はあるがだいたい400nm以下の波長は見ることができない。 よって紫外線は人間にとっては透明であり謎の色である
我々人間には見ることのできない紫外線だが、 特殊な紫外線カメラを用いれば見ることが可能である。 特殊といっても実は普通のカメラにも紫外線を捉える能力はある。 だが人間に理解できる色彩として表現できないので、 あえてフィルターで紫外線をカットしているのだ。 紫外線カメラとは、このフィルターを除去し、 代わりに可視光と赤外線をカットするフィルターを装着したものである。
しかし、残念ながらそのようなカメラによって紫外線が見えるといっても、 その色を表現することは不可能である。 そのため紫外線写真は全てモノクロ写真となる。
右の画像は太陽光を簡易分光器にあてて、 得られたスペクトルを通常のカメラで撮影したものである。 カメラのフィルター機能により紫外線及びその付近の紫の一部までもがカットされていることが分かる。
次に、同じスペクトルを紫外線カメラで撮影したものを見てみよう。 この紫外線カメラには360nm付近の波長のみを透過する特殊なフィルターを使用している。 撮影したスペクトルから、紫外線カメラ及びフィルターの性能が確認できる。
鳥類の視細胞は近紫外線領域の360nmに一つのピークがある(参考文献1)ということなので、 このフィルターの選択は最適であろう。
それではさっそく、このカメラを使って撮影してみよう。 紫外線と言えば日焼け。そして日焼け対策といえば日焼け止めだ。
まずは、日焼け止めクリームを塗った皮膚を紫外線カメラで見てみよう。
これは腕の一部分に日焼け止めを塗りこんだものである。 通常のカメラ(左)では何も見えないが、 太陽光のもと紫外線カメラ(右)で撮影すると、 このように日焼け止めを塗った部分が黒く見える。
これは日焼け止めに含まれる紫外線吸収効果のある物質のためだ。 紫外線を吸収することで肌への透過を遮断し日焼けを防いでいる。 これがカラスから見るとどのように見えるのか? それが今回のテーマであり、最も難しいところである。 少なくとも右の画像のように黒色に見えるわけではない。 なぜなら日焼け止めが吸収したのは紫外線のみであり、 その他の可視光は反射しているためだ。
紫外線カメラで分かることは紫外線の強度であり、 その色彩までは分からない。
だが巷には「紫外線写真」として、花や虫などが鮮やかな紫色になった写真が存在する。 それらはモノクロの紫外線写真に疑似カラーで着色した加工写真である。 それはそれで説明があればよいのだが、 多くは「これが紫外線写真である」とデタラメを記載しているのである。 すでに説明した通り、本物の紫外線写真は全てモノクロである。
その理由は単純なことである。今、このサイトを見ているパソコンやスマホのカラー画面は、 赤(R)、緑(G)、青(B)の三原色から構成されていて、 紫外線は出力されていない。 よって、四原色の表現は不可能である。 技術的には紫外線の出力も可能だが、人間には認識ができないのでそれも無意味である。 また、絵の具などの色材においてもシアン、マゼンタ、イエローの三色の混色によって全ての色を作り出す。 そのため、例えカラスが絵を描いたとしても既存の色材で四原色を完全に再現するのは不可能である。 その場合は紫外線色の色材を作るところから始まるわけで、 結局それができたとしても、三色型色覚の人間には理解不能であり、異なる色彩に見えるはずだ。
もう一つ「紫外線写真」として示されるものに、紫外線照射による発光現象を写した写真がある。 実に幻想的な色彩であるが、それは紫外線により励起された蛍光を写したものにすぎない。 つまりそれは紫外線写真ではなく「蛍光写真」である。
それでは四原色が織りなす色彩はどのようなものだろうか?
三原色から四原色になることで色の組み合わせは格段に増える。 また、紫外線の吸収と反射が色彩にもたらす影響は単純ではない。 我々三色型色覚の人間からは、四色型色覚のカラスたちが見ている色彩は想像することすら難しいが、 色彩学をもとに考えてみよう。
色とりどりの花や果実。これらは太陽光に照らされて反射した光を我々が見ているのである。 このとき、物質によって異なる波長の吸収と反射が起こる。 例えばリンゴが赤色に見える理由は太陽光に照らされたリンゴの表面が緑と青の波長を吸収し、 赤の波長を反射するからである。 文字では分かりにくいので図にしてみよう。
赤色の物質は、紫から黄色までの波長を吸収し赤の中心波長である650nmをピークに反射する。
緑色の物質は500nm前後の波長を反射し、その他の波長を吸収する。
青色の物質は、430nmから500nm前後の波長の反射が目立つが、 反射率が低く暗い色である。
このように物質がどの波長を吸収するかで色が決まるのである。
それでは白色や灰色、黒色はどうなのだろうか? それについても見てみよう。
黒色の物質はすべての波長を均一に吸収する。
だが反射率は完全に0%とはならない。
白色の物質は逆に全ての波長を均一に反射する。ただしこれも完全に100%の反射ではない。
そして、均一に50%程度反射したときに灰色となり、 その反射の度合いにより灰色の明度が異なる。
物質の色のしくみについてみてきたが、 これに紫外線を含めるとどうなるのだろうか? 先ほどのスペクトルに紫外線を含めた色彩について考えてみよう。
例えばこの花は人間の目で見ると白く見える。 先程の説明の通り、すべての波長を均一に反射しているので白く見えるのだ。
これを紫外線カメラで撮影してみよう。
すると、花びら全体が真っ黒になった。
紫外線写真で黒く見えるということは、紫外線を吸収しているのである。 つまりこの花は四原色の内、紫外線のみを吸収しているのだ。
これがカラスにとって何色に見えるのか考えてみよう。
まず分かっていることは白色ではないということだ。 なぜなら白色は全ての波長を反射するから白く見えるのである。 紫外線領域までを可視光に含む場合、紫外線を吸収したら白色とはならないのだ。
近いところで例えると、 レモンが黄色に見るのは青い光を吸収して残りを全て反射しているためである。
つまり黄色は、赤と緑の光の混合である。
これに沿って考えると、 先ほどの花は紫外線のみを吸収してその他は反射していることから、 左のようなスペクトルになるだろう。
これは人間から見ると白色となるが、 四原色では白色とはならない。
そこで今度は右の図のような色相環を用いて考えてみる。
これは単なる色を並べた輪ではなく、 色相を指定したり補色を示したりするものだ。
向かい合う場所に配置されている色がその色の補色ということになる。
先程の黄色のスペクトルでは主に青系の波長を吸収していたが、 それを色相環で青の向かい側を見ると黄色である。
つまり青の補色は黄色ということになる。
次は紫外線のみを吸収した場合の補色を考えてみよう。
色相環に紫外線の領域を追加し、右の図のようにする。 そしてその向かい側にある色を見ると、 少し緑が混ざった黄色ということになる。
カラスの目には先ほどの白い花が黄緑に映る可能性もあるということだ。
だがしかし、紫外線の吸収は100%ではないため少し反射した紫外線が混色し、 もっと複雑な色となるだろう。
ここまで紫外線を吸収した場合の色彩について考えてきたが、 紫外線を反射した場合はどうだろうか?
残念ながらそれは我々には想像すらできない色である。
紫外線のみを強く反射した場合、 左の図のようなスペクトルとなり、明るい紫外線色となる。 だがこのような物質は私の知る限り自然界に存在しない。
その理由は、左のスペクトルのような物質は人間の目には黒色に見えるのだが、 黒色は全ての可視光の波長を吸収するため、隣接する近紫外線も吸収されるのである。
自然界の物質は紫外線を反射するよりも吸収する場合が多い。 よって、カラスたちが見ている世界は、 人間が想像するような「キラキラと紫外線が反射した色彩」というものではない。
しかし、赤(R)、緑(G)、青(B)の三原色に加えて紫外(V)の原色をもつ彼らの色覚は、 全体的に彩度が高く色相はより細かくなるはずだ。 その結果、対象物の識別能力が非常に高いといえる。
紫外線カメラで撮影した身近なものを、 四原色の色彩を想像しながら見てみよう。
道端に咲いている薄いピンク色の花。
これを紫外線カメラで見てみよう。
ただのモノクロ写真に見えるが、 よく見ると花弁の奥の方が濃い黒になっているのが分かる。 その部分が局所的に紫外線を吸収しているようだ。
そして花弁も通常のカラー画像に比べると濃くなっている。 しかし、実際にどの程度の紫外線の吸収と反射があるかは、 カラー画像との比較では分かりにくい。
そこで、通常のカラー写真から色を除去したもの(モノクロ)と紫外線写真を比べてみよう。 これにより紫外線の強度が明確になる。 この花は花弁の部分全体が紫外線を吸収しており、 その奥はさらに強く紫外線を吸収していることが分かる。 花弁の部分は元々のピンク色に紫外線の補色が加わるので、 カラスたちの目からは全く別の色に見えているはずだ。
他にも見てみよう。
カラスの大好物は生肉。 生肉には何か紫外線の特徴があるのかもしれない。
これは紙の上に置いた牛肉の写真である。 紫外線写真では紙に染み込んだ肉汁の痕跡がよりハッキリ見える。 さらに肉自体が紫外線を吸収しているため黒ずんで見えるので、 カラスたちの目から見ると単なる赤ではなく紫外線の補色を加えた複雑な色となる。
黒一色のカラスだが、もしかするとカラス自身には紫外線の吸収に特徴があるのかもしれない。
さっそく、カラスを紫外線写真で観察してみよう。
まずはハシブトガラスの風切羽を見てみよう。 左のカラー画像ではハシブトガラス独特の紫色の構造色が確認できる。 色を除去したモノクロ画像では、光を反射する光沢の部分が目立つ他は単調だ。 紫外線写真でも同じように見えるが、よく見ると黒の深みがなく少し灰色がかっている。 黒色は全ての波長を吸収するので黒に見えるのだが、 紫外線だけは僅かに反射しているようだ。
それでは野外のカラスを直接、紫外線カメラで撮影してみよう。
ほとんど変わらないように見えるが、 紫外線写真では少し黒が薄く見える。
別の角度から観察してみると、 光の角度により紫外線の反射が強くなっていることが分かる。
斜め後ろからの画像では紫外線の反射が特に顕著である。 これは光の入射角が、ある特定のときのみ紫外線を反射しているのだ。 そう、これは紫外線領域の構造色である。
カラスの羽は人間の目から見ても青紫に見えることがある。 その部分がさらに強く紫外線を反射しているのだ。 つまりカラスの羽は、 人間の可視領域下限の400nm付近から360nm前後の波長に対する構造色をもっているということだ。
よって、カラスがお互いの姿を見たとき基本的には黒色であるが、 見る角度によって紫外線色にキラキラと輝いた色に見えているのだ。
「紫外線の色彩」はカラスブログ管理人の実験と考察に基づいたものであり、 内容の確実性を保証するものではありません。
このページに載っている画像や図、及び文章は全てカラスブログのオリジナルです。 無断引用はご遠慮ください。
1)Rower, M.P.: Inferring the retinal anatomy and visual capacities of extinct vertebrate, Palaeonthologia Electronica, 3,3-43,(2000).
2)齊藤勝裕 著,『光と色彩の科学』講談社,2010年
2019年1月12日 公開