それから数日の間、子ガラスはまったく姿を見せなかった。 採餌を覚えた子ガラスは、森で獲物をとったりして過ごしていたのだろう。 この季節の森の中は虫だらけ。食べ物は豊富である。
2018年7月8日
久しぶりに姿を見せた子ガラス。 体格も少し大きくなったように見える。
遠くから観察している私に気が付き、こちらに視線を向ける。
その表情はまだあどけない子ガラスだ。
エサ台にはお父さんが先に来て、ドッグフードを食べている。
「遊んでいるうちに先を越された!」
ちょっと来るのが遅かったか。 エサ台のドッグフードはあまり残っていない。
どうやら、この親子はライバルの関係になりつつあるようだ。
ドッグフードを食べそこねた子ガラス。
大きな口を開けてお父さんに食べ物をねだっている。
都合の良い時だけヒナに戻るのだ。
子ガラスは鳴き声が少し大きくなった。
以前の「ビャー、ビャー」という小さな鳴き声から、 「ギャー、ギャー」というハシボソガラス独特の声に変化するところだ。
その金切り声に押され後ずさりするお父さん。
もう、「愛しい我が子」という感情は無いのだろう。
子ガラスは土俵際にお父さんを追い詰めた。
困惑するお父さん。
急成長した我が子にどのように接していいのか迷っているようだ。
子ガラス:「ごはーん! のど袋に隠したの見てたぞー!」
お父さん:「グヌー、もうオレ、子育てやめたい…。」
土俵際で容赦なく迫る子ガラス。お父さんはたまらず降参。
今年は兄弟が早くに脱落し、両親の愛情を独り占めした子ガラス。
ずいぶんワガママに育ったものである。
お父さんは逃げ出すも、場外戦へと続くのであった。
子ガラスは成長すると、やがて親鳥に縄張りを追われ独り立ちする。 だがそれは、親鳥が「子の成長を願って心を鬼にする」というような美談ではない。 成長し、生意気になった我が子の姿に腹が立ち愛情が失せ、 次第に邪魔に感じるようになるのだ。
7月中旬から続く猛暑
外のカラスたちも何だかいつもと様子が違う。 猛暑が始まったあたりからハシボソの家族がエサ台に来なくなったのだ。
いや、正確にいうとハシボソの夫婦は来ないのだが、子ガラスは毎日来ている。
なぜハシボソ夫婦は来なくなったのか? 周辺で鳴き声は聞こえるので近くにいるのは間違いないのだが、 我が家の庭には全く来ない。
これが最後に我が家に来た時のハシボソ夫婦の姿だ。 7月22日のことである。
この時も彼らの好物の卵黄をエサ台に置いたのだが、 何かを警戒している様子でまったくエサ台に来ない。
まあ、今は夏だし昆虫などの食料も豊富だ。 エサ台に頼らなくても平気なのだろう。
それに、エサ台に来なくなるのはよくあることだ。
直近では昨年末に二週間以上、姿を見なかったことがある。 その時は縄張り争いが原因だった。
だが子ガラスだけは頻繁に来る。
定点カメラの画像を確認すると、一日に三回はエサ台に来るのだ。
エサ台に何も無くてもとりあえず来る。
エサ台の巡回が彼の日課になっているようだ。
もう、両親と行動を共にしていないのか?
この日の子ガラスは羽毛がフンで汚れている。
これはおそらく、就寝時に上の枝にいるカラスから落ちてきたものだろう。
つまり、この子ガラスは寝るときはまだ親鳥と一緒だと推測できる。
カラスが減ると、増えるのがスズメ。
彼らも子育て中だ
最近の定点カメラに写っているのはほとんどスズメ。
スズメたちは何か勘違いしているようで、 私が庭に出ると家族そろって集まって来るようになった。
「私はお前らにエサを与えているのではない…。」
ハシボソ夫婦が来なくなってから三週間が過ぎた。 もう彼らは縄張りを移してしまったのか? そうだとすると残念なことだ。
来なくなった原因はいったいなんだろう?
何か手がかりがないかと私は観察記録をたどる。
すると、そこにはあったのだ。ハシボソ夫婦が来なくなった決定的な原因が。
コレだ ↓
そう、猛暑が始まった折に設置した扇風機である。 ハシボソ夫婦が来なくなったタイミングと、 扇風機を設置した日がピッタリ一致していた。
これがグルグルと回転しながら不気味に首を左右に振る姿に恐れをなしたのだろう。
カラスは動体視力が人間よりも数段良い。 だから高速で回る扇風機の羽がギラギラと、まるで凶器のように見えていたのだろう。
それは子ガラスも同じはずだが、子ガラスは新しいものを恐れないのだ。
2018年8月17日
一ヵ月も続いた猛暑だったが、 この日の朝は急転直下に気温が下がり秋のような涼しさとなった。 するとカラスたちも活発になるのだが、そのような時は決まって縄張り争いが始まるのだ。
ハシボソ夫婦と、街の方から来た他所のハシボソガラスが喧嘩を始めた。
合計6,7羽で集団になっているが、それぞれ鳴き声が特徴的であるため個体の識別は可能だ。 その中には子ガラスの姿もある。
喧嘩といっても激しいものではなく互いに威嚇しているだけだ。
電柱に止まるのはハシボソ夫婦と、それに対峙するよそ者だ。 よそ者が図々しくお父さんの隣に迫っている。
ところで、子ガラスが争いに参加していることを意外に思うかもしれないが、 成長した子ガラスが縄張り争いに加わることは珍しいことではない。 これも勉強なのだろう。
このよそ者が、ちょっと変わり者なのだ。
何度も威嚇されては立ち退くのだが・・・、
すぐに戻ってきては、ふざけた態度で近寄ってくる。
カラスの縄張り争いにはいくつかの方法がある。 力技で攻めることもあるし、今回のようにジリジリと浸食してくることもあるのだ。
ハシボソのお父さんが空中から激しく威嚇する。
派手に羽毛が舞うがこれは接触した結果ではなく、 単に今が換羽期で羽毛が抜けやすいだけである。
この喧嘩は2日間続いたが、ある出来事がきっかけで終息する。
2018年8月18日 深夜
真夜中にもかかわらず森にハシボソのお父さんの声が響く。 そしてその声が特定の木の周囲を行き来しているのだ。 どうやら、付近の木で眠るよそ者のカラスをけん制しているようだ。
以前からハシボソのお父さんが夜に鳴くことがあったが、 そのような時は決まって縄張り争いの時期である。
ハシボソのお父さんにとっては長年暮らしてきた地元であるため、 森の木々の配置も全て頭に入っている。 だから暗闇ではよそ者に対して圧倒的に優位だと考えられる。
この夜間の威嚇行動は効果てきめんのようで、 次の朝にはよそ者のカラスのいなくなっていた。
そして翌朝・・・。
エサ台にいるのはハシボソのお母さんだ。昨日まであれほど警戒していたのに、 何事も無かったかのようにエサ台に戻ってきた。 久しぶりに見るハシボソのお母さんは換羽でハゲまだらになっていた。
ハシボソ夫婦は縄張り争いの最中はエサ台に来なくなるが、 争いに勝利するとその翌朝には必ず来るのだ。
来なくなった直接の原因は扇風機にあることは間違いないが、 戦いの勝利によって気が大きくなり、それも気にならなくなったようだ。 実に不思議な心境の変化だが、彼らの立場で考えれば理解できなくもない。
すぐにお父さんと子ガラスもやって来た。
右がお父さんだ。
実に1ヵ月ぶりにそろった親子三羽である。
しばらくの間、エサ台を独占していた子ガラスだったが、今は両親を前にして遠慮している。
そしてお決まりのカメラ目線。
久しぶりに見るおねだりのポーズだ。
もう自力でエサを取れるようになったはずだが?
甘えているのだろう。
結局、自分で食べる。
森に帰っていくカラスの親子。
暑い夏も、もうすぐ終わりだ。
2018年9月2日
大型台風の接近を知らせるニュースがテレビから流れていた。
「今度の台風は伊勢湾台風並み」ということだ。 天気図をみると確かに今回の台風はヤバそうだ。
そして台風を迎える9月4日朝。
大型台風が来るとは思えないほどの静けさだ。
ハシボソ夫婦はいつものようにエサ台に来ている。
我々は天気予報で正確な台風の進路を知るが、 カラスたちはどうだろうか?
おそらく風向きと気圧の変化である程度の状況を理解するとは思うが。
次第に風が強くなる
午前11時。
森の木々が右に左に大きく揺れる。
そんな強風のなか、子ガラスがやって来た。
後ろの木々はブンブンと大きく揺れている。
コイツはいったい何を考えているのか。
外を飛んでいる鳥はすでに自分だけだと気が付いてほしい。
午後14時 暴風はMAXに到達
家の雨戸を閉めるが外からの轟音が響く。
二階の窓から外を見ていたその時、何と! 最大級の突風が吹く中、一羽のカラスが南から飛んで来るではないか。 いや、正確にいうと飛んでいるというよりも吹き飛ばされている。 そして我が家の屋根を超えて北東の方角に飛ばされていった。
私は何となく、ハシボソの子ガラスではないかという予感がした。
そして暴風域が過ぎた後、恐る恐る定点カメラの記録を見てみる。
9月4日14時の定点カメラの画像。
画像では分かりにくいが台風の風がピークとなり、 外出が危険なほどの暴風である。
だがエサ台には子ガラスの姿が…。
なぜ今ここに?
羽毛がめくり上がるほどの暴風だが。
今回の台風は、数十秒の周期で暴風のやみ間があったので、 その間に移動していたようだ。
そしてこの画像の後、森に戻る途中で暴風に巻き込まれたのだろう。
彼はいったいどうなったのか?
そして翌日
倒れた庭木が暴風の凄まじさを物語る。
我が家は森に囲まれているため風に強いが、 唯一の弱点は南西の風である。
左のクスノキは南西の風の矢面に立っていたが、 何とか持ちこたえた。
しかし、ちょっと傾いたような気がする。
同じく南西の風の直撃を受けたカラス小屋だったが、 びくともせず持ちこたえた。
この小屋は風の抜け具合を考慮した造りになっているのだ。
エサ台とパーゴラも無事。
ハシボソの夫婦も無事だ。経験豊富な彼らはこのくらいの暴風雨も馴れたものである。
だがしかし、そこに子ガラスの姿はない。 定点カメラをチェックしてみるのだが、あの暴風雨の最中の画像が最後である。
やはり暴風に巻き込まれたのだろうか。
2019年6月8日公開