15時45分
何の動きもないまま時間が過ぎていく。
太陽は西に傾き、サギはねぐらへと帰っていく。
お母さんが食べ物を運んできた。
そしてお母さんに促され巣から出る。
ヒナ自身も焦っているのだろう。
今朝まで一緒に巣にいた兄弟はもういない。
いよいよか?
ハシボソ夫婦と私は息をのんで見守る。
しかし・・・。
強風に煽られ縮み上がるヒナ。
すっかり怯えてしまった。
こうなるともうダメだ。
そして、またすぐに巣に戻る。
何度もこの繰り返しだ。
そのたびに皆、がっくりするのであった。
16時30分を過ぎた。
もうすぐ夕方だ・・・。
誰もが諦めかけたその時。
16時50分
巣から勢いよくヒナが飛び出してきた。
今度はさっきまでと様子が違う。
深呼吸をするように何度も体を伸ばしては縮める。
そして次の瞬間!
飛んだ!
ついに飛んだ!!
強い北風を翼に受け、ぐんぐん上昇する。
力強く羽ばたき、生まれ育った巣をあとに天高く舞い上がる。
池の北岸を目指しているようだ。
途中、風に煽られバランスを崩すも何とか立て直し、 池の北東岸の森に消えていった。
最後まで巣に残ったヒナだったが、ついに巣立ったのだ。 しかも、兄弟の誰よりも立派な巣立ちの姿を見せてくれたのであった。 最初のヒナが巣立ってから10時間が過ぎたときのことである。
ハシボソ夫婦は今、森に着地したヒナを探しに行っている。 この隙に私は鉄塔の下にいるヒナの様子を見に行くことにした。 巣立ち後のヒナに近づくと親鳥に威嚇されるので、チャンスはハシボソ夫婦が戻るまでのわずかな時間しかない。
急いで様子を見に行くと、池の南岸の電柱にヒナを見つけた。
電線にとまり身を低くしている。
これが巣立ち直後のヒナの姿である。
至近距離まで近づいても人を恐れる様子は全くない。
まだ何も分からないのだ。
ボサボサになった羽毛や風切羽からは、巣立ちの壮絶さが見て取れる。
鉄塔下のヒナも見てみよう。
もう、2時間以上も同じ場所にとまっている。
こちらもケガはなく元気なようだ。
ヒナたちは無事に巣立っていった。 生まれてから最初に迎える試練を乗り越えたのだ。 そしてこれからさらに数ヵ月、家族と一緒に過ごし、カラスとしての生き方を学ぶのである。
2019年5月13日公開