監的哨を後にし再び山道を進む。
道沿いに咲くアザミに蝶がとまっている。
渡り蝶のアサギマダラ。
そう、今日ここに来た目的はこれだ。
この蝶は非常に温厚な性格で、 人間が近づいても手の届くところをふわふわと飛ぶ。
この蝶は鳥などの捕食者から身を守るため体内に毒を貯めている。 そのため逃げる必要が無くなり、警戒心が薄くなったのだろう。
こちらにも一頭いる。
羽に何か文字があるように見えるが?
「神」と書かれている。
実はこの蝶は追跡調査の対象となっていて、 調査員がこのようにマーキングするのだ。
今ではインターネットで情報が共有できるようになり、誰でも調査に参加できるようになった。
だが事情を知らない人が見たら一瞬びっくりすると思う。
なんたって「神」という文字が浮き出ているのだから。
シリアル番号と日付も記載されている。
今日は10月12日なので、 前日に調査員が来て一斉にマーキングしていったのだろう。
この追跡調査は30年以上前から行われているが、 だいたいの行動パターンが判明した現在、 もはや調査というよりも愛好家によるレクリエーションである。
夢見がちな少女が手紙を瓶に入れて海に流すようなものだ。
こちらにも一頭。こいつは93番だ。
この蝶たちは本州の山岳地帯で夏に羽化し、 南下の途中でここ神島に立ち寄るのだ。
この島は雨風をかわせる上に食料となる花の蜜も豊富である。 さらに今後の風を読むのにも適している。
この島で風が北東に変わるのを待つ。
そしてその風に乗ってはるか南西諸島を目指すのだ。
山道はまだ続く。
この道沿いにはそこら中にアサギマダラが乱舞している。
目が覚めるような鮮やかなコントラスト。
この島はアゲハ蝶が少なく、邪魔されることなく花の蜜を独占できるのだ。
三頭並んだアサギマダラ。
左の個体はマーキングされている。
暗い山道に陽の光が差し込み、無数のアサギマダラが乱舞する。
まるで夢の情景のように幻想的・・・。
この蝶には変わった習性があり、白いタオルを振り回すと自ら寄ってくるのだ。
こうしてワラワラと集まってくる。
しばらく蝶たちと戯れるが、もうあまり時間が無い。
名残り惜しいがこの場を後にする。
道はようやく下り坂となり、コースが終盤に差し掛かったことを知る。
下り坂の途中に灯台が姿を現わす。
これが有名な神島灯台である。
眼下の暗礁を照らし、伊良湖水道の安全を護っているのだ。
灯台の隣に家があるが、昔の灯台守の宿直場所だろう。
内部を覗くと映画化された潮騒のシーンが飾ってある。
あれはおそらく、ヒロインの「初江」役を演じた山口百恵。
ボートを停泊した漁港が見えてきた。
漁港に近づくと民家が見えてくる。
この島の住民はほとんどが漁民のため、民家は漁港の近くにしかない。
急峻な山肌にぎっしりと建てられた民家。
通路は極めて狭い。
ここにも「潮騒」の解説がある。
「潮騒」はこの島の主な観光資源なのだ。
若い世代は潮騒を知らないかもしれないが、 この島を訪れるにあたり、事前に小説を読んで結びつける必要は無いと思う。
この島の美しい自然や漁村の風情を感じたうえで、 後日、この島を思い出して小説を読むくらいがよいだろう。
この路地を抜けるとゴールだ。
漁港に到着。
八代神社に参るのを忘れていたが、 もう時間が無い。
三島由紀夫も滞在中に毎日お参りした神社だ。
もし彼が見ていたなら、「島を一周したのに八代神社に参らないとな!?」 と、なりそうだ。
八代神社は、いにしえより伝わる神宝を数多く秘蔵し、 神の支配するこの島の中心たる存在である。
急ぎ係留を解き、船を出す。
防波堤に一列に並んだカモメたちに見送られる。
そして船を先導するかのような海鵜。
せっかくだから今日歩いたコースを沖から見てみよう。
この島の西側は見ての通り、断崖絶壁で草木も少ない。
そして南側。 小学校の校舎が見える。
大胆な場所に建てたものだ。
東側に回ると先程の灯台が見える。
そして灯台を背に帰路に就く。
さらば神島。
あの蝶たちはしばらくこの島に留まった後、さらに南を目指す。
果てしない旅だ
2017年10月15日公開