風切羽の構造

鳥の全身は羽毛で覆われている。 羽毛は保温や防雨などの役目を果たしているが、 その中でも風切羽は飛翔のために特化した最も重要な羽毛である。

カラスの風切羽

風切羽は紙のように軽く、それなのに非常に頑丈で折れにくい。 その秘密はいったいどこにあるのか?

鳥が飛ぶメカニズムは様々な文献で解説されているので、 ここでは違った視点で風切羽の秘密を解き明かしていこう。


カラスの風切羽

まずは肉眼で風切羽をじっくりと観察してみよう。

風切羽は中央に伸びる羽軸と、そこから伸びる羽弁で構成されている。 羽弁をよく見ると、羽軸から45度の角度で毛髪のような構造が並んでいることが確認できる。

四角で囲った羽弁の一部分を実体顕微鏡で拡大してみよう。

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カラスの羽

するとそこには、さらに細かい羽軸のような構造が見えてきた。

これは羽弁の柱となる枝軸という構造である。 肉眼で白く見えていた部分は、実はこの枝軸だったのだ。 そして支軸からはさらに微細な構造(羽小枝)が伸びて、隙間なく並んでいる。 肉眼で黒い毛髪のように見えていたのが、この羽小枝の密集した部分だったのだ。 このように肉眼では見えないほどの小さな構造が集まって、 広い面積の羽弁を形成しているのだ。

*実体顕微鏡とは、虫眼鏡のように手軽に表面を拡大できる光学顕微鏡である。


次に、この部分を走査型電子顕微鏡で拡大してみよう。

カラスの羽の電子顕微鏡画像

見えてきたのは、まるで「ミクロの風切羽」のような構造だ。 非常に微細で規則的な配列である。

*走査型電子顕微鏡とは、簡単に表面を拡大できる電子顕微鏡である。


カラスの羽の電子顕微鏡画像

さらに拡大すると、羽小枝は約30μm(0.03mm)の間隔で整列し、 隣の羽小枝と上下に重なっていることが確認できる。 まるで窓のブラインドのようだ。


ここまで観察してきたのは風切羽の表側だったが、 裏側はどうなっているのか?

風切羽の裏側を見てみよう

カラスの羽の電子顕微鏡画像

裏側を見てみると、このように窓のブラインドを閉じたような形状になっている。 裏と表では形状が大きく異なるが、それはなぜだろうか?

カラスの羽の電子顕微鏡画像

もう一度、表側の構造をよく見てみよう。

すると、表面からの空気を取り入れる構造になっているようにみえる。


カラスの羽の電子顕微鏡画像

重なった部分を分かりやすくするために、ハサミでカットしてみた。

羽小枝がカーブしながら隣の羽小枝に重なっているようだが、 残念ながら切断時の衝撃で変形してしまい、細部がよく分からない。


そこで特殊な方法で断面を露出させる

カラスの羽の電子顕微鏡画像

模式図のように見えるが、これは特殊な方法で羽弁を切断し 電子顕微鏡で観察したものである。 表面からの観察では完全には理解できなかったが、 この画像から重なりの部分が明らかになった。

羽小枝の表側は厚く、裏側に向かって回り込むようにカーブしながら薄くなり、 その先端は隣の羽小枝の背中と重なっている。 まるで精密機械のようだ。

なぜ、このような形状になっているのか?  鳥が飛翔する際の翼の動きから考えてみよう。


カラスの羽小枝

断面画像から推測すると、 まず、翼を振り上げた時には風圧で羽小枝の下側が開いて風を裏側に逃がす。 そして翼を振り下ろしたときには風圧により羽小枝は密着し、風を通さない。 つまりこれは、翼を振り上げるときの空気抵抗を減らし、 振り下ろすときには逆に空気をつかむ構造になっていると考えられる。

軽さと強度、さらに通気性を兼ね備えた構造と言えるだろう。


軽くて強靭な風切羽

風切羽はその大きさの割に非常に軽い。 そして頑丈である。

この、軽くて頑丈な風切羽の構造にはどのよな秘密があるのだろうか?


カラスの羽

風切羽の支柱をなす羽軸は太く、簡単に折れたりはしない。 この羽軸はどんな構造になっているのか。

まずは、四角で囲った部分を実体顕微鏡で拡大してみよう。

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カラスの羽

羽軸は非常に硬く、カッターナイフでは容易に切れなかった。 そのためハサミで割るように砕いた。

羽軸の内部は発泡ウレタンのように細かい空間がたくさんあるようだ。


この部分を電子顕微鏡で見てみよう

カラスの羽の電子顕微鏡画像

羽軸の内部は細かな孔が無数に連なって構成されている。


カラスの羽の電子顕微鏡画像

拡大すると、まるで蜂の巣のように並ぶ規則的な孔が見えてくる。


カラスの羽の電子顕微鏡画像

その孔の大きさは約20μm(0.02mm)。

多面体空間を隙間なく組み合わせることによって、 軽量でありながら強靭な羽軸の骨格をつくっている。

体積の割に軽量な風切羽。その秘密はこの羽軸の内部にあったのだ。


撥水性の秘密

カラスは雨の日でも平気で飛んでいる。 それは羽毛が雨水を弾いているためだ。 もし羽毛が水を吸収したとすると、自重が増して飛行に影響するだろう。

それでは、どのようにして撥水性能を生み出しているのか?

雨に濡れるカラス

脂で羽毛をコーティングしているのではないのか? そう、確かに脂腺から出る脂をクチバシで羽毛に塗り付けている。 そうすることによって羽毛は疎水性となり水を弾くのだ。

だが、この写真をよく見てほしい。 激しい雨にうたれたこのカラスは、 頭から背中にかけてびっしょりと濡れている。 そう、羽毛の撥水性には限度があり、 雨にうたれ続けると羽毛の表面に水を含んでしまうのだ。

ところが、さらに注意深く見ると、 風切羽は全く濡れずに表面で細かな水滴が流れ落ちている。 そう、風切羽はどれだけ雨にうたれても撥水性を保っているのだ。

風切羽は鳥にとって最重要の羽毛である。 もし風切羽が吸水したら、いよいよ飛ぶことが不可能となり、 さらには雨から体を覆う傘としての役割も果たせなくなる。 だから撥水性が他の羽毛よりも強力なのだ。

それでは、どのようにしてこの撥水性を実現しているのか?


その原理を探ってみよう

カラスの羽

風切羽に水を垂らすと、 水は丸い水滴となり羽弁の表面を「ツルン」と勢いよく流れ去る。


カラスの羽

その時の水滴の様子を見ると、羽弁の表面で球形になっていることが分かる。

この丸い水滴の形状こそが、羽弁の表面が超撥水であることを示しているのだ。



 「羽毛に塗られた脂が水を弾いているのでは?」

その可能性もあるので、 脂を除去するために風切羽をエタノールとアセトンで徹底的に洗浄した。


カラスの羽

そして同じように水を垂らしてみる。

水滴は洗浄前と全く変わらない球形を保っている。 つまりこれは、脂によって水を弾いているのではないことを示しているのだ。

それでは、この超撥水性はどうやって生み出しているのか?


これまでの電子顕微鏡画像にそのヒントはあった

カラスの羽

先程の羽弁の断面画像に水滴を描き入れてみよう。

ごく簡単に説明すると、 羽弁の表面の水滴は空気層に侵入できず、羽小枝の上に乗る。 その結果、水滴は空気と接する面積が増加する。 水は空気と接すると表面張力により球形になろうとするため、 この場合の水滴は球に近い形状となる。 そして水滴は抵抗なく羽弁の上を転げ落ちるのだ。

この、30μmの間隔で並ぶ微細な隙間と羽小枝の特徴的な形状が、 超撥水を生み出しているのである。 しかも水滴が転げ落ちる際に、表面のゴミを水滴が吸い取ってくれるのだ。

これが風切羽が強力に水を弾く原理である。 撥水性というと、油やワックスでコーティングするものという印象があるが、 このように表面の微細構造によっても撥水性は生み出されるのだ。


風切羽は進化が生み出した傑作

ここまで風切羽の構造を観察してきたが、 ミクロの構造による空気の整流、そして超撥水性。 さらには極めて軽量でありながら強靭な羽軸。

まさに生命の進化が生み出した傑作であり、人間の技術力では及ばない領域である。



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2018年1月28日公開

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